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飛行機好きでもなく、憧れもなかったのに、CAになろうと思った理由

高校2年生の秋に、CAになろうと思った。
なりたいという夢ではなくて、なると決めた。
初めて話すお話。

1980年代後半、地方に住んでいたから、飛行機なんて乗ったこともなかった。
もしかしたら、空を飛んでる飛行機くらいしか見たことなかったかも(笑)

飛行機にも特に興味ない。しかも、高所恐怖症。
堀ちえみの「スチュワーデス物語」はもちろん見てたけど、ドラマを見てなりたいという感情は全く湧いてこなかった。

高校1年生になった頃だったか、仲良しのTちゃんが、
「ゆうこちゃん、スチュワーデスになろうよ!」と言ってきた。
小学校から一緒で、中学のテニス部も一緒、長い付き合いの友達が、一緒になろうと誘ってきた。

「なんで?」私は、思ってもみなかったことだったから、「私もなりたい!」とも思わなかったけど、話を聞いていた。

Tちゃんは三姉妹の末っ子で、上のお姉ちゃんが大阪の短大に行っていて、スチュワーデスを目指しているんだといっていた。
「へー、凄いね!」
私にとっては未知の世界。
身近にスチュワーデスになった人も知らないし、自分がなれるものだとも思ってもいなかった。

Tちゃんは、絶対なりたいから、自分も進路は大阪の短大に行くと言う。
私はというと、外の世界に憧れながらも、進路に関しては漠然としか考えていなかった。
リケジョの私は、地元の国立大学に入るのが、親孝行だよねと思っていた。

高校一年の冬、Tちゃんが入院した。
急性白血病だった。
治療したら学校に戻ってくると思って、毎週土曜日にお見舞いに行った。

そして、高校2年生の2学期が始まってすぐに亡くなった。
夏休み、衰弱していく彼女に会うのが辛くて、会いたくないと言われた時から行かなくなったことが本当に悔やまれた。
あまりにも早いことで、思春期の私には衝撃的な出来事だった。

一人の生徒が亡くなったことさえ忘れていく大人が信じられなくなった時期でもあった。

しばらく経って、私は決めた。
「私がスチュワーデスになる!」

先生に言った。
「進路を変えます。スチュワーデスになるので。」

今でも覚えている。
「何寝言言ってるんだ?」的なこと言われた。
「なりたくてもなれるものじゃないから」って。

これって、確実にドリームキラーだよね!

でも私の性格は、これで本気になった(笑)
絶対受かって、この先生見返してやる!!
なんて扱いづらい生徒なんでしょうね。

就職試験の時、図々しくも落ちる気しなかった。
30倍以上の倍率。
美貌の持ち主でもないし、英語が達者なわけでもないけど、
受かる自信だけはあった(笑)

きっとTちゃんがついてくれていたと思う。

そして、大学4年の夏休み、帰省した時、もちろん先生のところにご挨拶に行きましたよ!
就職内定のご報告という名目ではあったけど、私の中では「無理」と言った先生たちへの当てつけにね(笑)

この性格、今でも変わってない。
私を本気にさせるなら、「なにくそ~」と思わせるといい。
私の裏キャラ😆

人生、予想もしないことが起こるけど、そこで過去を嘆くのではなく、思い切って違う道を選ぶことで、人生変わるんだなと思った初めての経験。

そこからもたくさん予想外の経験をしてるけど、その都度軌道修正。
予期せぬ出来事を楽しむ人生☺️


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