成人式 やだ 切実に

成人式が近いためにインスタグラムの「もしかして知り合いかも」欄が活発になってきており、記憶が蘇っては嫌な思いをしている。
中学は、良くない時期だった。
すごい嫌いで、やだ😬

こいつ好きじゃなかったなーという人間からフォロー認証が来ると当時そのままの新鮮な嫌悪感と未だに苦手意識を持っている自分の度量の狭さと未発達さへの呆れが一挙に押し寄せるので、好ましくない。
Instagramは危険なSNSだ。

中学時代に私のまがりくねった性根の尖端が出来た。創ったのか創られたのか、どちらも変わらず好ましくない。
よく部活をサボった。塾もサボった。学校もサボって勉強もしなかった。
受験期は現実から目を背けて極端に難しい数学の問題とかを死にゲー感覚で解いていた。基礎が怪しかったが、それをやっていれば幾分賢くなったような気がしたので余分に長考しては時間を潰した。

憧れの女性も年並みにいた。一目惚れだった。長いこと同じクラスが続いていた。しかし、その時の私はすっかり道化が板についていて、その人を好きだと吹聴してはクラスの注目を集めてその視線に酔っていた。中身のない、からっぽの好意は卒業式の日に私の背中を押してはくれなかった。
気持ちを伝えることもできない人間なのだと深く自分に呆れて、以来たまにその記憶を取り出し眺めてみては古傷に爪を突き立ててみたりする。集合体が苦手な人間が悲鳴を上げながらうすら目でニキビの動画を見たりするのと同じかもしれない。

もっとも、一番同窓会を嫌にさせるのは成長していない自分の精神性だと思う。
詳しくは書かないが、当時の友達と久々に会ったりすれば開口一番に「変わってないね」だったりする。
彼らの中で、私は今も昔も、道化じみた子供なんだろう。それが間違っていればマシだったろうに、悲しいかな、何も変わっていないとは事実なので、ぐぅの音も出ない。

結局自分本位で生きて自分にツケが回ってきただけのシンプルな話なのが余計に救いがなくて困った。

同窓会には行かない。
皆の成長して大人になった様相を見たら、比べてしまって本当に頭がおかしくなりそうだ。

オイ! 結局、保身かよ!

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