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Foodies! 89.思い出の中のゆで卵

今は一人暮らしをしている成人した娘たちが、子供の頃の話です。

結婚した年に夫の会社が倒産してしまって、
それまでのお客さんから、
うちに来ませんかというありがたいお誘いがありましたが、お断りし、
長女が1歳半になるまでは夫はフリーランスで在宅勤務をしていました。

育児に関わりたいというのと、それまで日本の会社で会社員をしていて、
いちど一息つきたいが、すぐにまた日本で会社員になると、
そのあといつ、一息つけるかなと思ったからだそうです。

それで、結婚して3ヶ月で、傾いてきていた会社を退職したあと、
夫は家でITコンサルタントをし、私は週に2日、日本語学校で働きました。
53㎡ぐらいの2DKでの2人暮らし。
2年目からは長女が生まれ、3人に増えました。
そのあと、同じアパートで3LDKに引っ越したのは、
大家さんがめちゃくちゃ良い方だったのと、
次女が生まれ、そのためにニュージーランドから、
今は亡き義父母が手伝いに来てくれることになったからです。

金欠でも楽しい暮らしは、長女1歳半・結婚後2年半で終わりました。
夫がコンサルタントとして関わっていた会社が、
正社員として迎えてくれることになったからです。
子供たちを別々の保育園に預けながら
二人で外で働く時代が始まりましたが、
夫はいつも子供たちにたくさんの時間を費やしました。
振り返ると、いつも家にいたような気さえします。
読み聞かせは、赤ん坊の頃から娘たちが小学校を卒業するまで続きました。

ゆで卵を、エッグスタンドに立てて食べるというのを始めたのは夫です。
私はその頃、固茹でと半熟しか作れませんでしたので、
「白身もフルフルで、てっぺんの穴からスプーンで食べる卵」
というのを知りませんでした。
作ってもらってみると、なるほど剥くのは無理で、掬う他ありません。
要は、温泉卵を殻から直接食べるということですよね。
それまで、エッグスタンドというのは、卵を立てておくための物、
と思っていましたが、こういうことだったのだと初めて知りました。

娘たちもそういう卵が大好きで、回らぬ口で、

パパ、ボイユドエッグ、ちゅくって。
そうらよ、ボイユドエッグらよ。(まことちゃんか)



なるほど、boiled は、この子らが言うと、
ボイルドではなくて、ボイユドになるんだね

と、思ったのを覚えています。

夫が娘らにせがまれて、土日の朝、
張り切ってソフト・ボイルド・エッグを作ります。
熱いうちに、エッグスタンドに立てます。
で、ナイフで卵のてっぺんを、テンテンテン! と3回ぐらい叩いて、
ひびの入った部分をまた、ナイフで横に切ります。
そうやってできた穴に、塩を少しずつかけながら、
すくって食べるのはとても美味しかったです。


左二つは、夫がどこからか買ってきました。
その横の水色のは、ボイルドエッグの話をした生徒が、買ってくれました。
同じ色のスプーンは、残念ですが、失くしてしまいました。
一番右は、帰省のたびに義父母が、あれを持って帰れ・これを持って帰れと言ってくれて、少しずつ持って帰ってきた食器の一つです。
ピーターラビットの子供用の食器は、
ティーカップなどもこちらの家に持って帰ってきました。
今ではアンティークで、もしかした価値があるかもしれないということです。

子供のために一つ一つ、子供のものを買って行った義父母。
そう思うと、しみじみとした思いが湧き上がります。

エッグスタンドはあと一つ、足の部分が「人間の足」というのがあったのですが、それは長女が一人暮らしのアパートに持っていきました。
ソフトボイルドエッグを作って食べたりする余裕はないように思います。

踏み台に乗らないと取れないところに長いこと置いてあったエッグスタンド。
下ろしてきて、小さい帽子の、埃をかぶっていたのも洗いましたので、
これからソフトボイルドエッグを食べていくつもりです。


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