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老親の謎 11.ドアが開きません(下)

続きます。
まだ姉妹は室内から出られていません。

騒ぎの?最中にあった夫からの電話で、
私が夫の家と会社の鍵を間違って持ってきてしまい、
夫が会社に入れなくなった、ということを聞いて、あちゃーとなりました。

「ほんとごめんね。不自由だよね。どうしているの?」

夫はいまのところ、車内にいる人にいちいち電話をして、
出てきてもらって入室するそうです。

「まことに申し訳ない。
でもね夫、こっちはこっちで大変なことになっているのよ。
しかもまさに、今」

ーーえ、なになに?

「実は私とY子ちゃんは、今Y子ちゃんの部屋から出られないの」

ーーえっ、なんで?

と夫がびっくりするので、そこにいたらしい次女が夫にスピーカーフォンにせよと指図をし、

ーーおかんたち、何やってんの?

と訊いてきます。

かくかくしかじかと話したら、解決脳の持ち主の夫と次女が言いました。

おじいちゃんがドアの外にいないのなら、ドアに体当たりをして開けろ。

ドアのガラスを割って、あっち側に手を出してノブを回すが良かろう。

そのノブに、スクリューが見えるよね?
そこにマイナスなりプラスのドライバーを用いて、
機構ごとはずせるはずである。

・・・・わかる、それも考えました。

しかし、仮にこちら側にドライバーがあったとすれば、何時間も探しまくれば見つかるかもしれませんが、絶対的にもともとない場合は、探しても探しても、やっぱりそれが「出てくる」ことはないでしょう。

何かドライバーに変わるものは・・と問われて探すも、
やっぱり適当なものはありません。
また、デコラティブなドアノブ周りの金具部分にあるプラスの頭をしたネジは、
(トップ写真がくだんのドアノブとその周りの金具です)
たとえドライバー様のものを駆使して回してみても、
中のメカニズムに届いているようには見えませんでした。

さらに、机の引き出しをゴソゴソ探し、ヘアピン、ペーパークリップ、なぜか新品の蝶番セット・・と、見つけてみたものの、どうもサイズの合うものがありません。

消防か。消防なのか。
最低八千円からの鍵開けプロか。

悩んでいたら姉が、

んんん〜〜、もういい!
父を呼び出す!

と言い、父の携帯に電話をかけました。

「お父さん助けて。ドアが開かなくて出られないの」

と言っています。

うっそ〜・・・
這って、あの、母の死の遠因にもなったらしい急な階段を、
介護ベッドに寝たきりの父が、登ってくるのか〜。





登ってきました。

そして外から、

「お前たち、ばーか、なにやってるんだ。
ここまで来るの、えらい苦労したぞ。
危ないからちょっとどいてろ」

と言っております。

ばばば、ばかじゃないもん!

でも・・・・

ここ何十年で初めて私は心の中で思いました。


「おとうさーん、助けてー。え〜ん😂」

父は呂律の回らない口で姉に、押せとか引っ張れとか、押すなとか触るなとか、
ぽつぽつ指示を出しています。


そして、なんと5分後に、開かずのドアを開けてしまったのです。

お父さんごめーん!

お父さんごめーん!

姉妹は口々に叫んでしまいました。

ここまでどうやったかというと、父はゆっくりとベッドからずり落ちて、玄関の間に出て、壁づたいに歩いて、ついでに下駄箱の中にあった道具箱から、プラスとマイナスと、あとすごい小さいマイナスのドライバー3本を取り出し、急な階段を這い上がり、よっこらしょと床に座り、
どうにかして壊れていたノブを直してしまったのでした。

ありえるか〜!

「お前たちは何をぼんやりしとるんだ。
このドアはもう、閉めるな」

し、叱られてしまいました。

はい、ドアの上の方に、壁の金具に引っ掛けて「開けっ放し」のようになる棒状の金具がついているのです。私たちはもちろん、二度とドアが閉まらないように、その金具を使いました。
(そのあと寒かったけど、出られなくなるよりはまし)


で、姉妹それぞれがお手洗いに入りまして、出てきますと、

「というわけで(どういうわけだ)、お父さん、
私たちはちょっとこの、打ち上げをしてきますので、
2時間ほど一人でお待ちください」

と言いました。


父は、

二人にはとても感謝している。
なんでも好きなものを食べてゆっくりしてこい。

と言いました。

残念ながら、マンボウのために、直近のやきとん屋さんで、小一時間飲んで食べて帰ってきましたが、戻ると父がまだ起きていましたので、言いました。

「すぐお店が閉まっちゃって、やきとんを慌てて食べてきただけだったよ。
次来たら、高級なものを食べたいのでよろしく」

「はいはい、わかった」

と言った父は、なんとなくニヤニヤしているのでした。


姉と父は、部屋の外に足音を聞いたり、空耳で名前を呼ばれたそうですが、
私には一向に何もありません。

でもつい、母がいたずらでドアを閉めて私たちを封じ込め、
夫がまだまだ、やればできるところを見せるチャンスを与えたのか。
などと、ほら、考えたくなるではありませんか。

ここ数日の父は、優しいヘルパーさんや看護師さん、お医者さんにヨイショされ、寝たまま食べるのをあらためて、自力でベッドに座り、結構量も食べるようになりました。

今日帰りがけに言ってきました。

お父さんね、お医者さんに歩く練習しなさいって言われたら、
言うことをきいて、やったほうがいいよ。

自分で家の中自由に歩けたら楽でしょ。
お花見にも行けるかもよ。


父とは、一言では言えない歴史があるのですが、
今回のことは、なんだか可笑しくもあり、不思議でもあり、
私の心に大きな印象を残す出来事になりそうです。


最後に。
トップ写真のドアノブの「脚」部分に、マイナスのネジ頭がありまして、
父が持ってきたドライバーでぎゅっと閉めたら、また両側とも、
ノブを回せば、中の金具が出たり入ったりするようになりました。
さて、このさきドライバー類はどこに置いたらいいのでしょうか。
ドアのこっちかあっちか。
あ、もうドアは閉めないからどっちでもいいのでした。

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