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『殯(もがり)にて』20枚シナリオ課題「葬式」

※解説
 6世紀、日本が「倭国」と呼ばれ大和政権が支配していた古墳時代、時の2代豪族・蘇我氏と物部氏の権力対立を描いた古代歴史劇。

※登場人物
蘇我馬子(そがのうまこ・34)…敏達天皇の大臣(おおおみ)(側近)
物部守屋(もののべのもりや・37)…敏達天皇の大連(おおむらじ)(側近)
炊屋姫(かしきやひめ・31)…敏達天皇の御后(正妻)
豊日皇子(とよひのおうじ・19)…蘇我の甥っ子。
竹田皇子(たけだのみこ・8)…敏達天皇の皇子(息子)
敏達天皇(びたつてんのう享年48)…第30代天皇。大王(おおきみ)※故人
役人1
役人2
家人
豪族1
豪族2
豪族3
神主

〇日本列島と朝鮮半島の地図
ナレーション「6世紀、日本が倭国と呼ばれヤマト政権が治めていた古墳時
 代、朝鮮半島から仏教が伝来した。当時、朝廷に仕えていた二大豪族、蘇
 我稲目(そがのいなめ)は崇仏派、物部尾興(もののべのおこし)は廃仏派の立
 場を取り対立。その権力闘争は子の代である蘇我馬子と物部守屋にまで引
 き継がれていった。
 その後、国内では天然痘が大流行。その原因として守屋は、馬子が仏教を
 信じ寺を建立したことにあるとし、寺院や仏像を焼き払った。そして時の
 大王・敏達天皇が天然痘により崩御。皇位継承を巡り蘇我氏と物部氏はさ
 らに激しく対立を深めていくこととなる」
 
〇殯宮(もがりのみや)・中
  薄暗い板の間。中央に茣蓙が敷かれその上に横たわる敏達天皇(48)の
  遺体。
T『西暦585年 敏達天皇(大王)崩御』
  大王の前に食膳が用意されている。物部守屋(37)、すすり泣きしなが
  器に酒を注ごうとするが、手が震え上手く注げない。
  脇には炊屋姫(31)が竹田皇子(8)を抱き寄せ座っている。
  そして、その後ろに控える蘇我馬子(34)。
  物部の様子を見て、
蘇我「物部殿、それでは酒を注げますまい」
物部「わ、分かっておる……」
  物部、大王の死に顔を見てハッとなる。
物部「あ!今微かに口元が動いたような……」
炊屋姫「守屋……」
物部「大王は生き返られたのでは……」
炊屋姫「もう良い。われは死を受け入れた。膳を下げよ、酒も必要ない」
 
〇殯宮(もがりのみや)・外観
ナレーション「この時代、死者は埋葬するまでの長い間、殯宮(もがりのみ
 や)と呼ばれる建物に安置された。遺族は死者の復活を願いつつ別れを惜し
 んだのである」
 
〇同・中
  泣き崩れる物部。対して蘇我は冷静。
蘇我「大王の治癒が叶わなかったのは、仏を奉らなかったがため。
 まことそればかりが悔やまれまする」
物部「いや、仏教を異国から持ち込んだがため疫病が倭国にも蔓延したの
 じゃ!」
蘇我「われの病は仏を奉ったからこそ癒えたのである」
  物部、蘇我を睨みつける。
炊屋姫「葬儀までの間、この殯にて大王とわれ、しばし二人きりにしておく
 れ」
蘇我「畏まりました。我らは御葬儀へ向けしかと準備を致しまする」
  蘇我、物部に
蘇我「お頼み申しましたぞ。物部殿」
物部「(気の抜けた返事)うむ……」
蘇我「大王の功績に恥じぬ御葬儀と埋葬を執り行わねばならぬ。しかとお頼
 み申すぞ」
物部「言われんでも分かっておるわ!」
  物部、憤然として立ち上がり去る。
  蘇我、それを冷静に見る。
 
〇高台の丘
  築造中の巨大な墳丘墓。大勢の人間が農具で土を運び、掘り返し盛った
  りなどしている。物部、その様子を見ている。傍らに従えている役人1
  に、
蘇我「もっと人員を集め、完成を急がせよ!」
役人1「只今、労役の民を各地から集めておりますが、これ以上急ぐこと
 は……」
  物部、苛々しながら墳丘墓を見る。
 
〇王宮・大広間
  大勢の豪族たちが忙しなく動き、床に次々と銅剣や銅鏡、勾玉などの装
  飾品を並べていく。物部、それらを一つ一つチェックしている。
  ヒビの入った銅鏡を見つけ、
物部「これ、ヒビが入っておるぞ! かような物は埋葬出来ぬ。取り替え   よ!」
  役人2やってきて、物部渡す。
物部「良いか! 副葬の品々は大王の権威を後世に残す大事な品々。丁重に
 扱えよ!」
役人たち「ハハッ!」
  物部、再び忙しそうにチェックし、
物部「はあ~、にしても人手が足らんわ」
  すると蘇我が大広間前の廊下を通る。
物部「あ、これ蘇我殿!」
  呼び止めるも無視して通り過ぎる。
物部「くそっ! 少しは手伝わんか!」
 
〇殯宮前(夜)
  木造の小さな小屋。出入口で家人二人が立っている。蘇我やってくる。
  家人たち、一礼して蘇我を中へ通す。
 
〇同・中
  火の灯りだけで照らされた薄暗い室内。
  炊屋姫と蘇我、向かい合い座っている。
炊屋姫「次期大王に豊日皇子を擁立?」
蘇我「はい、大王の皇子である竹田皇子は齢8つ。政を行うには幼過ぎるが
 ため、代わりの者を立てねばなりませぬ。豊日皇子の母は、私の姉君にあ
 たる堅塩媛(きたしひめ)。蘇我氏の血筋を引いており適任かと思われま
 す」
炊屋姫「待たれよ。まだ先代大王の御弔いも済んでおらぬに話が早すぎるで
 はないか?」
蘇我「いえ、この機に乗じて朝廷に取り入ろうと企む輩がおります。早々に
 手を打つべきかと」
炊屋姫「されどあれは病弱の身。政が勤まろうか?」
蘇我「病身であればこそ、竹田皇子が元服なされる頃には亡くなり、大王の
 座をお譲りになられるかと」
炊屋姫「つまり中継ぎの大王……」
蘇我「さようでございます」
炊屋姫「何と汝の甥っ子までをも利用しようとは……大王が亡くなられて間
 もないというに、よくぞ知恵が回るものよ」
  炊屋姫、無表情の蘇我を見つめる。
炊屋姫「馬子よ、汝は大王の死をまこと悲しんでおるのか?」
蘇我「無論、ご葬儀ではわが蘇我家に伝わる宝刀を帯刀、大王の功績を真心
 込めて称えとう存じます」
炊屋姫「知恵が回り過ぎるのも良いが、病み上がりの身、あまり無理するで
 ないぞ。近頃一段と小さくなったのではないか?」
蘇我「お心遣い、痛み入りまする。されど小柄は生まれつきでございます」
  蘇我、一礼し出て行く。
 
〇物部の館・広間(夜)
  物部と豪族たち数人が酒を呑みながら、
豪族1「番をしている家人の話によると、蘇我殿はここ数日、殯宮に出入り
 しているらしい」
物部「御后からは出入りを禁止されているはず。馬子のやつ、一体何を?」
  すると家人がやってきて、
家人「豊日皇子がお見えになりました」
物部「何?豊日皇子が?かような遅くに」
 
〇同・広間(夜)
  上座に座る細身の豊日皇子(19)。
  その前に物部が控えている。まわりに数人の豪族も控えている。
物部「何と!御后から次期大王へ即位せよとのお達しがあったと?」
  豊日皇子、咳き込みながら、
豊日皇子「何故われなのか解せぬ。大王の器があるとは思えぬのに……」
豪族2「豊日皇子は蘇我殿の甥御様。次期大王に即位なされば蘇我氏はます
 ます朝廷での権勢を振るうこととなりましょう」
豪族3「大連、これは蘇我殿が裏で手綱を引いているにそう違いございませ
 ぬ!」
物部「あやつめ、我らが葬儀で奔走してる間にかような画策をしおって」
豊日皇子「朝廷では蘇我に従う者も多い。大連、われはどうすれば良いと思
 うか?」
物部「皇子、決して御后のお言葉に従ってはなりませぬ!」
 物部、少し考えて独り言。
物部「まずはあの小男の威厳を損ねてやりたいものだ……」
 
〇殯宮前
  祭壇が設けられ、大王が収められた棺が置かれている。多くの豪族達が
  集っている。蘇我と物部の姿もある。
  神主、祭壇脇から、
神主「誄詞奏上、蘇我馬子大臣」
  蘇我、呼ばれて立ち上がり祭壇前へ。
  物部、顔を上げて蘇我の姿を見る。蘇我、太くて長い刀を真横にして小
  柄な体に帯刀。刀が重いのか、よろよろと歩いている。豪族たち、その
  姿を見てざわつき始める。すると物部、
物部「見よ、あの様を。まるで弓矢で射られた雀じゃな」
  すると物部の近くの者たちがクスクスと笑い出す。冷笑の中で蘇我、顔
  を真っ赤にしながらよろよろ歩き続ける。
  祭壇前に来て一礼、しかし汗ばかり出て言葉が出ない。
蘇我「(神主に小声で) 誄詞を忘れてしもうた。今一度思い出すので後ほど
 に」
神主「では、物部守屋大連」
  物部、立ち上がり歩き出す。自分の所へ戻る蘇我、物部とすれ違う。物
  部、ニヤリと不敵の笑みを蘇我へ向ける。
  物部、祭壇前に立つ。蘇我は自分の所へ戻り座る。物部、棺に横たわる
  大王をじっと見て、
物部「大王……」
  涙が溢れ、手が震え出し言葉が出ない。
  蘇我、その様子を後ろから見て、
蘇我「あの手に鈴をつければ、さぞよう鳴るであろうな」
  蘇我の近くにいた者たちがクスクスと笑い出す。
  物部、その言葉に気づき振り向く。笑っている豪族たち。その
  中に蘇我も冷笑している。物部、怒りの表情で蘇我を見る。
   
〇御所・廊下(夜)
  歩いてくる物部。向こう側から蘇我歩いてくる。蘇我すれ違い様に立ち
  止まって、
蘇我「先代の大王は汝同様、廃仏派。何かと汝を贔屓にしておられたな?」
  物部も立ち止まり、
物部「何じゃ突然?」
蘇我「次期大王は蘇我氏の引く者で無論崇仏派。以後われに対する言動は気
 をつけられるがよい!」
  蘇我、言い切ると颯爽と立ち去ろうとするが、
物部「ほほう、次期大王とは豊日皇子のことであられるかな?」
  蘇我、ハッとして立ち止まり振り返る
蘇我「何故、知っておる?」
物部「いつぞやの夜分遅く、皇子が直々に我が館へ相談に参られましてな。
 御后をそそのかす不届き者の言いなりになってはなりませぬと念を押して
 おいた」
蘇我「まさか……」
物部「はてさて、朝廷を汝の思うがままに操れますかな?ハハハ!」
  物部、颯爽と立ち去っていく。
  その後ろ姿を苦々しく見る蘇我。

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