敗者は次の勝者になる 世界史その2の補足を超えて。

 メソポタミアは人類最古の文明の発祥の地だ。文明とは何かという問いには色々な定義が試みられているが、絶対的に受け入れられている定義はないようだ。参考文献とさせてもらっている中央公論新社「世界の歴史1人類の起原と古代オリエント」では、ゴードン・チャイルドという学者の定義を挙げて、それ以外の定義も紹介した後で、文明とは公権力を一元化できる政治システムを備えること、すなわち国家を形成することこそが文明だと論じている。

 シュメール都市文明を築いた人々は雨水だけで耕作が可能な地域から乾燥した地域に移り住んだ。メソポタミア南部シュメールの地では川から水を引いてこなければ、耕作ができない。人々は灌漑を通して、より大規模な集団で協力して農作業を進める術を学んだ。
 最初はやむを得ず以前とは違う生活様式を模索し、そしてたどり着いたであろう新しい技術は、余剰生産力を生み、社会的分業を可能にした。灌漑農法は、雨水に頼る天水農法より遥かに労力を必要とする代わり収穫はずっと安定しただろう。食料の余裕は直接農業に携わらなくても良い人々を生み出した。兵士、職人、神官、商人。リーダーが大規模な農作業を監督する必要性から、身分制度も生まれてくる。
 こうして多くの人々が協力して生活する村落社会が成立した。この社会の仕組みは天水農業だけで充分生活できていた地域にも持ち込まれ、従来の生活の仕方にとって変わられる。新しい生き方は、昔から生活が可能だった地域でも、従来の生き方より有効だったのだ。都市国家の時代に至ってメソポタミア最南部シュメールの地は、世界の中心となった。かつて雨水の恵みで栄えていた地域は文明の辺縁へと変わった。
 ルールが変わったのだ。かつては降水量が多く最低限の農作業で多くの収穫が見込める場所が「暮らしやすい場所」だった。だが多くの人々が協力して生活するようになると、「暮らしやすい場所」とは河川の水資源に恵まれて、土地の養分が豊かな場所ということになった。ルールは勝手に変わったのではない。今までの生活様式では生きていけない厳しい地域でも暮らしていこうとした人々の努力がルールを変えたんだ。

 もう一度南部メソポタミアに人々が進出した時代を考えてみよう。故郷を離れて新天地に進出した人々はどんな人たちだったろう?年老いた人々を残して、若い人々が移住していったんだろうか。蜂の巣別れみたいだね。それとも近代の植民のように計画的に選ばれた人々が本国との連絡を保ったまま移住したのだろうか。僕はそうは思わない。
 人口が増えその地域で得られる食料では人々が養い切れなくなると、移住の前に食料や農地をめぐる争いが起こるだろう。その争いに負けた人々が、追いやられる形で乾燥した土地に「はみ出して」いったと考えるのが自然じゃないだろうか。
 メソポタミア南部に進出した人々は生存競争の敗者だった可能性が高い。生きていくこと自体が困難な地に彼らは追いやられた。と書くと「乳と蜜の流れる地」のすぐ外はいきなり不毛の砂漠になっているように感じるかもしれないが、当然その間はグラデーションがあって、元々の居住地から離れるほど段々きびしい土地になっていった筈だ。
 そのグラデーションをたどりながら乾燥地に適した生活を身につけていった人々は、社会構造も発達させていく。そしてある時、かつて彼らの先祖が追いやられた土地に、勝者としてその地に住み続けた人々を圧倒する力を持って戻ってきた。それは征服者としては限らなくて、進んだ文化の伝播者としてだったのかもしれないけれど。

 シュメールに文明を築いた人々が、勝者でいつづけたわけでもない。その後、都市国家の枠を越える領域国家を築いたアッカドに、鉄の加工技術を手に入れたヒッタイトに、オリエントを統一する大帝国を築いたアッシリアに、更に遠くイラン高原に建国したペルシアに、海を越えた地のマケドニアにと覇権は移っていく。
 古代オリエントに限らずとも、近世以降でもスペイン、イギリス、アメリカと覇権は移動した。

 このような実例は人間の世界だけに限らない。たとえば哺乳類の進化を考えて見よう。中生代の三畳紀前期に、哺乳類型爬虫類のうちの獣弓類というグループが繁栄していた。しかし三畳紀後期になると新たに登場した恐竜が陸上大型動物の生態的地位を占めるようになる。ちょっと難しい言葉が出てきてしまったけど、ここら辺はまた自然科学の話をすることがあれば、もっと詳しく話をしたいと思う。恐竜の時代に哺乳類につながる哺乳類型爬虫類はごく小さな種類だけが生き残り、新たな生存戦略を模索した。そして生き延びたのは夜の世界を開拓していった者達だったようだ。
 一部大型化した種類もあるけれど、現在見つかっている限りでは例外と言っていい程度。恐竜時代の間、哺乳類の祖先は小型の夜行性生物として暮らしながら進化していった。小型ゆえ冷めやすい体を夜間でも維持するために内温性のレベルを高め、夜間でも見える目と引き替えに色覚を喪失。白亜紀には胎盤を持つ最古の生物であるエオマイアの化石が発見されている。
 生態系の隙間を埋める弱者として逞しく生き延びるうちに、その後の時代に通用する能力を身につけていった哺乳類は、恐竜絶滅後の世界で大型陸上動物の生態的地位を鳥類と争い、最終的に地上の覇者となった。

 他にも現在魚類の主流である、硬骨魚類は淡水で進化して海に戻ったなど、古生物学のジャンルでもかつての弱者が、かつての強者を圧倒する例は多い。

 このような逆転は何故起こるのだろうか。平家物語では盛者必衰の理という言葉が出てきて、仏教の言う諸行無常の実例とされている。作家の塩野七生は、それまでその民族・国家を栄えさせていた長所が、社会や国際関係・環境や気候の変化で、短所・弱点に転換することがあると論じた。これらは覇権をとっている側の事情だと言える。
 逆に辺縁に追いやられた弱者の側の視点から考えてみよう。最初にシュメール人の例で説明したように、豊かな土地からはみ出した人々は、貧しい土地で生きていくための工夫をしなければ生きていくことができない。そして貧しい土地で生きていくために編み出した技術は、豊かな土地で生きていた人々を凌ぐ力を、かつての敗者に与えた。
 もちろん強者となったグループの内側でも激しい生存競争は存在するのだけれど、ある環境に最適化して覇権をとった存在は、リスクを負ってまで新しいチャレンジを試みる動機に乏しい。
 しかし食料などの資源に乏しい場所に追いやられた者は、否応なくより効率的な生き方を、場合によっては全く新しい生き方を身に付けなければ生きていけない。そして時にはその新しい生き方が普遍的に通用する革新となる場合もあり得るということだ。

 しかしながらルネサンス以降、生活の余裕が知的活動を加速させる度合いが急速に増した。産業革命以降、資本主義が発達した世界では、もはや世界の頂点に立ったというだけでは進歩を止める理由にはならない。集約された資本は更なる利益を求め、革新を要求する。ウサギは居眠りどころか、追い立てられるように進む。今後はこのような逆転は起こらないのではないかとすら思える。
 でも今までの歴史でもある国の覇権が安定していた時代には、その覇権が揺らぐことなど想像もできなかった筈だ。
 逆転は今後も起こるかもしれないし、起こらないかもしれない。でもこのように考えていくと、歴史が途切れ目なく現在に繋がっていることが実感できる筈だ。歴史は本の中にだけあるのではなく、今まさに僕たちは歴史のなかに生きている。このことを是非とも頭だけでなく、感覚でも理解して欲しいと思う。

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