夏が嫌いなのに

 夏が嫌いなのに、夏を嫌う自分のことは結構好きだったりするだろ。僕も例に漏れず、夏が苦手がなフリをしてる。実際、ステレオタイプの夏に対する憧れってのがあんまり無いんだ。楽しかった思い出はいつもすぐに忘れて、良くないことばかり反芻しちゃうから。

 だから、何年か前に友達と湘南の海に行ったときのことはよく思い出す。あの日、バーベキューで食べた貝の神経毒で死にかけたんだ。マリオカートでゲッソーをくらったときみたいに、突然視界がどんどん黒い墨で塗り潰されていって、何も見えなくなった。友人が隣で声をかけ続けてくれてた気がするけど、脳がまともに機能してなくて、何言ってるのか全く分かんなかった。そのまま、光も音も無い世界で独りぼっちだ。どうやって戻ってこれたんだっけ?

 そんな貝の毒によく似た、随分と昔の話があるんだ。学校の裏にあるベンチで、缶ビール飲みながらあの子と2人でお話してた。そしたらなんだか急に頭がボンヤリしてきて。それが夏の暑さのせいだったのか、その子に見蕩れていたからなのかは、よく思い出せない。

 その記憶は真夏の炎天下にドロドロに溶かされたみたいに曖昧で、既にシュルレアリスムの絵画のように秩序を失ってる。君はもうとっくの昔にどこかへ行っちゃって、自分が独りぼっちだってことだけは、理不尽なくらいハッキリと分かるのに。

 僕はいまだに、そこから戻ってこれないんだ。

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