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アナタのアミノ酸はどこから?       意外と知られていない「鏡写しのアミノ酸」

こんにちは、ビビです。お天気の良い昼さがり、Uruを聴きながらアミノ酸のお話を書いていこうと思います☕️

とは言いつつ、アミノ酸なんてタイトルですと話題が多すぎてまとめきれなくなってしまいますので、今日はヒトの体にあるアミノ酸の異性体について見てみましょう。
実験室でアミノ酸を合成すると立体異性体であるD体とL体がほぼ等量できあがります。ところが、ヒトの体内にはL体のアミノ酸がほとんどで、わずかながらD体が存在するという不思議なことになっています。なぜそんなことが必要なのか、そしてわずかしかないD体は生物にとって必要なのか、にフォーカスしていきます。


🪞まずは、立体異性体について

まずは、アミノ酸のお話をする前に異性体についてごく簡単に解説します。
同じ分子式で表記される化合物でも、側鎖(構造上で枝分かれした部分)がつく位置が異なるものを異性体と呼びます。この異性体の中で、2Dの表示では同じに見えても、3Dで見ると鏡に映したような関係になる化合物があります。これを鏡像異性体=光学異性体といいます。アミノ酸もグリシン以外はこのように異性体が存在します。
立体が変わると、何か影響があるのでしょうか。生体内である分子が作用をもたらす場合、目的の場所にパズルのピースのようにぴったりと嵌まることが必要です。もし、分子内の側鎖の出っ張りが左右違えば、嵌まることができず、作用も起こらないのです。生体内のメカニズムはかなり繊細にできているのです。

🪞まず最初に、生命の基本であるアミノ酸はどこからきた?

生物の遺伝情報は、DNA→mRNA(messengerRNA)→タンパクの順に伝えられる、セントラルドグマという概念があります。DNA上にはタンパクの設計図がコードされており、必要なタンパクを作りたい時にそのコードをmRNAに複写し、合成工場であるリボソームに運んで、タンパクを合成します。
このアミノ酸の由来については、地球上で生産された説と宇宙から運ばれてきた説があり、その証拠を示すための研究が進められています。

さて、実際にどんな研究が報告されているのでしょうか。
最初に太古の地球上で作られたのではないかという研究結果を報告したのは、ユーリー氏とミラー氏でした(ユーリー・ミラーの実験)。当時の大気の成分と言われていた、水、メタン、アンモニア、水素を使って、加熱、放電、冷却を繰り返すことでアミノ酸を作り出すことに成功したのです。その後の研究で、実際の太古の大気がこの実験で初期条件として設定されたものとは異なることが判明し、この実験の信頼性は曖昧になってしまいましたが、自然界でのアミノ酸合成の可能性を見出す最初のチャレンジとなりました。

ユーリー氏とミラー氏は、加熱、放電、冷却を繰り返してアミノ酸を作り出しました

最近では、太古の地球上に存在した窒素、二酸化炭素、水に対して、隕石を高速で衝突させることで、アミノ酸を作り出せることが報告されています(東北大学、2020年6月)。また、宇宙に豊富に存在するアンモニア、ホルムアルデヒド、メタノールの水溶液に、宇宙のあちこちで放出されているガンマ線を照射することで各種アミノ酸が生成されるデータも示されました(横浜国立大学、神戸大学、東京工業大学、2022年12月)。
太古の地球では、かなりの隕石が衝突していたと言われています。宇宙で作られたものも含めて、もしかしたら私たちが考えるよりも多くのアミノ酸が地球上には存在したのかもしれません。

これら太古の地球や宇宙で作られるアミノ酸も、実験室で合成されるアミノ酸もL体とD体がほぼ等量で生成されます。
ところが、ヒトを含めて生物を構成しているアミノ酸の99%はL体です(片方の異性体のみ過剰に存在するこの状況をホモキラリティーといいます)。なぜ、このようにL体が過剰であるのか、研究者の間では100年来の謎でした。

🪞宇宙でのL体とD体の優位性ってどうなの?

隕石の含有成分の分析が進んでいます。一部の隕石のサンプルではL-アミノ酸の比率がD-アミノ酸よりも多かったことから、宇宙にL体を選択した起源を求める説があります。昨年、その説をシミュレーションにより立証する研究が報告されました。

水素原子が放出するライマンα線という紫外線があります。このライマンα線には円偏光という電磁波の振動面の偏りがあり、片方の鏡像異性体だけがこの偏光を強く吸収することが分かりました。この研究はあくまで円偏光の吸収に関する計算だけなのですが、これにより片方の鏡像異性体のみ分解が進む可能性が示唆されたことになります(筑波大学、2022年9月)。
断定はできませんが、宇宙の環境がL体にいくらか有利に働くのかもしれません。

L-アミノ酸の由来を宇宙に求める説もあります

🪞ヒトの体内に存在するL体とD体の優位性は?

生体内の反応において、L体のアミノ酸がタンパクの材料として優位であることを証明した研究があります。
mRNA を鋳型にタンパクを作る際には、tRNA(トランスファーRNA) が作成途中のタンパクに繋ぐべき次のアミノ酸と結合し、タンパク合成の場であるリボソームまで運搬します。この結合する工程が律速段階(必要エネルギーが大きく、反応の起こりやすさや速さに影響するステップ)になるのですが、L体とD体を比較した際、L体の方が少ないエネルギーで tRNAに結合できることが分かりました。つまり、タンパクの合成はエネルギー的にL体が有利で、L体を使った反応の方が進みやすいということになります(東京理科大学、2023年3月)。

実際、体内でどちらかの異性体を優先的に利用するということは重要です。
3Dの構造を考えると、片方のアミノ酸だけを利用すれば決まった構造をとることができます。例えば、L-アミノ酸のみによるタンパクでは右巻きのα-ヘリックス構造を取りますが、D-アミノ酸ですと逆巻きになります。L体とD体がミックスになれば、一定の構造を取れなくなってしまいます。3Dの決まった構造がタンパクの機能発現に重要であるとこれだけ報告されている中で、この精密な選択が必要不可欠なのは明白です。

とは言いつつ、実際のところ、ヒトなどの真核生物(細胞内に核をもつ生物(細菌などは含まない))には極少量ながらD体も存在し、重要な役割を持っていることが分かってきています。このD体はどこからきているのでしょう。

実は、細菌などの原核生物はD-アミノ酸も作っています。ここに目をつけて、共生細菌とヒトの体内のD体について調べた研究者がいます(慶應義塾大学、2023年4月)。
共生細菌(腸内細菌など)がいるマウス(SPFマウス)といないマウス(GFマウス)の体内でのD体の分布を調べたところ、SPFマウスでは血中のD体濃度が数%であったのに対し、尿・糞便中の濃度は10%から50%でした。GFマウスでは、血中および尿・糞便中のいずれもD-セリンを除いて、ほぼ検出されませんでした。つまり、セリン以外のアミノ酸については、腸内細菌が一生懸命、L体をD体に変換しており、これをヒトが腸管から吸収して体内に取り込んでいると考えられます。

腸内細菌の中には体に作用する化合物を生産したり、化合物の立体を変換したりするものがいます

ちなみに、セリンについてはセリンラセマーゼ(SRR)という酵素がヒトやマウスの体内に存在し、L体からD体に変換しているため、共生細菌がいなくても産生できています。
更に、ヒトやマウスはD-アミノ酸を分解する酵素を持っているのですが、この酵素を持たないようにしたSPFマウスでは、血中および尿・糞便中ともにD体の濃度が上昇しました。
D-アミノ酸の必要以上の供給は免疫、代謝、神経などに関わる疾患を引き起こすため、分解酵素を使って必死に排除しているというところでしょうか。

最後に、D-アミノ酸の関わる疾患を少しだけ見て見ましょう。

🪞D-アミノ酸が関与する疾患って?

腸管などの粘膜周辺では、腸内細菌が産生する酪酸がT細胞を介し、B細胞にIgAを放出させる作用があります。本来、IgAは粘膜バリアを形成し、細菌などの感染を防ぐ役割を担っているわけですが、このIgAの産生量は、D-アミノ酸の量に依存することが報告されています(慶應義塾大学、2021年3月)。つまり、D-アミノ酸が増え過ぎるとIgAも過剰になり、腸内細菌に対してまで免疫反応を起こしてしまうこともあります。

また、腎臓ではD-セリンが重要な機能を果たすことがあります。
片方の腎臓を摘出した際、残された腎臓からの排泄制御によりD-セリン濃度が上昇します。これにより細胞増殖が促され、腎臓を大きくすることで機能を高めていることが報告されました(大阪大学、2021年9月

そのほか、脳内にあるD-セリンは記憶や学習に重要であり、統合失調症やうつ病にも関与していると言われています。また、D-アスパラギン酸はホルモンの合成や分泌の制御に重要な役割を担っているようです(アミノ酸の可能性)。

まだまだ、話題は尽きないですが、今日はこの辺りで終わりにします。今後、興味深い研究成果が発表されましたら続きを書いていきたいと思います。
今回も最後までお読みいただき、ありがとうございました!

🪞関連資料のご案内

今回のお話はポッドキャストでもお届けしています。
お時間のある時にお聴ききいただけると嬉しいです!

サイエントーク
3.生命誕生の秘密!君の命はどこから?RADWIMPS聴こえて次元トリップした。

研究発表ほか
1. 光学異性体:Wikipedia 2023年9月3日(日本時間 14:47)
2. ユーリー・ミラーの実験:Wikipedia 2023年8月12日(日本時間 15:27)
3. 隕石衝突でアミノ酸生成(東北大学、2020年6月
4. 隕石とガンマ線が地球に生命の素を与えた可能性(横浜国立大学、神戸大学、東京工業大学、2022年12月)
5. 偏光とは?
6. 宇宙空間での生命の起源につながるホモキラリティーの可能性を提案
7. L-アミノ酸を選択する反応メカニズムの解明、生命進化の大きな謎の解明に一歩前進(東京理科大学、2023年3月)
8. 体内のアミノ酸の左右のバランスを決める仕組みの解明-左右を反転する共生細菌とのせめぎ合い-(慶應義塾大学、2023年4月)
9. 腸内細菌の D-アミノ酸が粘膜免疫を制御する仕組みを解明(慶應義塾大学、2021年3月)
10. 腎臓の細胞増殖を促進して機能を高める D-アミノ酸(D-セリン)の新しい機能を発見(2021年9月)
11. アミノ酸の可能性


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