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免疫細胞は攻撃するだけじゃない?   -ブレーキの役割を持つT細胞のお話-

こんにちは、ビビです。晴れた空の下、お散歩する休日は良いですね。
そして、お気に入りのカフェでまったりサイエンスのニュースを読むのも私にとって幸せな時間です。
さて今回は、前回の腸内細菌の話題でも登場したT細胞の仲間である制御性T細胞(regulatory T cell:Treg)に関する最近の日本の研究について、ご紹介したいと思います。これを取り上げたのは、過剰な免疫反応を抑制するという特異な性質を持つこの免疫細胞が、がんの治療や自己免疫疾患などの分野で注目されているからです。そして、このTregを発見したのが、大阪大学免疫学フロンティア研究センター(IFReC)の坂口志文特任教授、日本の研究者なのです。
日本の研究者の活躍はとても嬉しいことですね。早速、見ていきましょう。


🧫ちょっとだけ、免疫細胞たちをご紹介 〜今回登場する細胞とTreg〜

体の防御機構は自然免疫と獲得免疫の2つによく分けられます。
自然免疫を担う樹状細胞などは、外敵を貪食することで侵入を阻止しています。貪食した後は、その一部を抗原として提示します。簡単に言えば、細胞が外敵を細胞内に取り込み、ペプチドレベルに分解し、それを細胞表面まで運び、これが侵入したんだよ!って手を伸ばして、他の細胞たちに見せびらかす感じです。そして、抗原を認識するための受容体(T Cell Receptor:TCR)を持つT細胞の仲間のヘルパーT細胞(Th)が、これを見つけて(シグナルを受け)、B細胞に抗体を作らせるように指示を出します。この抗体で外敵を攻撃するのです。
一度認識した抗体産生能力は記憶され、2回目以降の攻撃には迅速に対応することができます。これが獲得免疫です。自然免疫と獲得免疫は連携してもいるのです。この辺り、中外製薬のウェブサイトで解説されているのでご興味のある方は覗いてみてください。

免疫には多くの細胞が関わっています

実はThの他に、細胞障害性T細胞(Cytotoxic T lymphocyte:CTL)やTregもT細胞の仲間です。これらの細胞は役割や成熟度でさらに細分化され、それぞれの細胞をこよなく愛する研究者によって個別に研究が進んでいるという奥深い世界が繰り広げられています。
これらの解説は、奥深すぎて私には荷が重いため、ポッドキャストであるサイエンマニア(♯68, ♯69にその任務を譲ることにします。T細胞の生い立ちなども語られていますので、ご興味のある方は是非ご視聴ください。

では、今回の主役であるTregとはどんな細胞なのでしょうか。
他のT細胞が外敵に対する免疫反応を活性化するのに対して、Tregは抑制する役割を持ちます。例えば、十分な炎症反応が起こった後に炎症を終息したり、自己免疫反応やアレルギーなどの過剰な免疫反応が起こらないように抑制したりするのもTregの役目です。免疫寛容や恒常性の維持のために働いているといった感じでしょうか。

🧫Tregと疾患の関係 〜免疫寛容の働きを巧みに利用する腫瘍組織〜

このTregの免疫寛容が悪用される疾患があります。その1つが、がんです。
本来、がん細胞などは異常な細胞とみなされ、免疫細胞のターゲットとなることで腫瘍形成を未然に防いでいます。自然免疫の担い手であるマクロファージが、がん細胞を貪食し、その一部をCTLに抗原として提示することで更なる免疫反応を誘導し、撃退しているのです(2011年、理化学研究所)。
しかし、がん組織では、この免疫反応が正常に働かないことがしばしばあります。

イヌの進行性前立腺がんの研究に於いて、正常な前立腺組織にはほとんどいないTregが、腫瘍組織では顕著に存在したという報告がありました(2022年、東京大学)。どうして、腫瘍組織にTregがこんなに集まってくるのでしょうか。
次世代シークエンサー(DNAの塩基配列を高速かつ大量に解読する装置)を使って、正常前立腺と進行性前立腺がんにおける遺伝子の発現を網羅的に解析したところ、前立腺がんでは、CCL17というケモカイン(細胞から放出され、細胞間の相互作用を媒介するタンパク)が正常組織の700倍にも増加していることが分かりました。
このCCL17は、Tregの細胞表面に発現しているCCR4と結合します。つまり、がん細胞がCCL17を撒き散らすことでTregをがん微小環境(がん細胞周辺の環境、がん細胞からの分泌物で正常組織とは異なる環境を構築している)に誘導しているのです。そして、この集まってきたTregにより、がん微小環境では免疫反応が抑制され、結果としてがん細胞は免疫細胞からの攻撃を回避しているというわけです。実際にCCR4阻害薬を投与したところ、TregのCCR4とCCL17の結合が阻害され、つまり腫瘍組織へのTregの誘導ができず=免疫反応が抑制されず、腫瘍が縮小しました。

これはイヌの結果ですが、ヒトの前立腺がんでも同様に、CCR4を発現したTregが腫瘍組織に集積していることが分かっています。つまり、CCR4阻害剤のような薬剤が、ヒトのがん治療に使える可能性がでてきたのです。

しかしながら、Tregは、がん微小環境においてはがん細胞に対する免疫反応を阻害する悪役ですが、もともと免疫反応のバランスが取れている組織で除去されるとブレーキだけがなくなることになり、免疫反応が必要以上に活性化されてしまう可能性があります。つまり自己免疫疾患を引き起こしてしまうリスクがあるのです。
このため、がん微小環境のみを免疫抑制=Treg作用から解放する方法を研究したグループがあります(2023年7月、大阪大学)。
がん微小環境ではTregの中でもTh1-Treg(Th1依存的な免疫反応だけを抑制するTreg(Th1は、腫瘍血管新生を抑制するなどの抗腫瘍特性を持つ))が高度に集積していることを調べ、この細胞を選択的に除去することで自己免疫反応を起こさずに、がん免疫を誘導することに成功したのです。

マウスの実験ではありますが、こちらもTh1-Tregを選択的に除去できればがん免疫反応のみを活性化できる可能性があります。

🧫ThとTregのバランスが絶妙に重要 〜自己免疫疾患〜

では、自己免疫疾患ではどうでしょう。
全身性エリテマトーデスや多発性硬化症では、免疫システムの司令塔であるThのうち、Th17(インターロイキン−17(IL-17)を産生するTh細胞)が必要以上に活性化され、応答を抑えるためのTregが逆に抑制されていることが分かっています。

Tregが抑制されていると免疫系が必要以上に活性化されて自分自身の細胞も攻撃してしまいます

最近の研究(2023年3月、北海道大学)では、食品添加物でもあるイタコン酸がTh17の分化を抑制し、Tregの分化を促進するという結果が得られました。つまり、バランスの崩れていた炎症反応(活性作用 vs 抑制作用)を定常状態に近づけることができたと言えます。
イタコン酸は、この2つの細胞のどちらにおいても、重要な代謝経路である解糖系を抑制していました。しかしながら、その代謝変化が引き起こす”結果”が細胞ごとに異なっていたのです。Th17では、Th17の分化に重要なII17a遺伝子の転写が抑制的に制御されたのに対して、Tregでは、Tregの分化に重要なFoxp3遺伝子の転写が促進されていました。さらには、同じThの仲間であるTh1及びTh2の分化には影響を与えなかったのも興味深いです。他の細胞に余計な作用を示さないのは、治療ターゲットとしては好ましいことです。
このイタコン酸がこのまま治療薬として利用されるのは難しいですが、このメカニズムが新しい治療ターゲットとなる可能性はあるのかもしれません。

🧫Tregを調整することで見えてくる治療法

自己免疫疾患では、免疫の暴走が原因であることが分かっているにも関わらず、根本的な治療法がありません。また、がんにおいても免疫チェックポイント阻害剤など、免疫を活性化する治療方法が承認されていても、実際にはがん微小環境にまで活性化した免疫細胞が届かずに治療効果が十分でない症例も多くあります。
免疫に関わる細胞たち、とりわけ免疫作用を抑制するという特異な働きをするTregの研究が進むことで、新たな疾患治療の可能性が見えてきました。
日々の研究者の努力に大きな感謝をしつつ、今後の研究成果にも期待したいですね。

🧫関連資料のご案内

今回のお話はポッドキャストでもお届けしています。
お時間のある時にお聴ききいただけると嬉しいです!

サイエンマニア(ポッドキャスト)
#68. 免疫学の世界!免疫細胞の受験と病原体との戦い方【免疫と胸腺 前編】
#69. 免疫はカッコいい!元不良のTregと事故る自己免疫【免疫と胸腺 後編】

natureダイジェスト
制御性T細胞研究とともに歩む

研究発表ほか
1. がんの死細胞を食べ、がん免疫を活性化する新マクロファージを発見
2. 進行性前立腺癌に対する新しい免疫療法の確立~制御性T細胞を制御する~
3. Th1型制御性T細胞の除去は安全にがん免疫を誘導する
4. 細胞内代謝産物がT細胞分化を制御する仕組みの解明

参考資料
中外製薬ウェブサイト 免疫


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