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上書きと別ファイル。:デレステ『ススメ!シンデレラロード 瀬名詩織 / 松原早耶 編』

『アイドルマスターシンデレラガールズ スターライトステージ』(以下『デレステ』)のイベント『ススメ!シンデレラロード 瀬名詩織 / 松原早耶 編』をオールクリアし、イベントコミュを全て読んだのでその感想などを語る。


<瀬名詩織編>


重い。
1話から重過ぎる。
瀬名詩織とはこんなキャラだったのか。
私が今まで見てきた瀬名詩織は一体なんだったのだろう。
まるで別人だ。
あの海が大好きだけど泳げないお茶目なお姉さんはどこに行ってしまったのか。
確かに憂いを帯びて見えることは何度かあったけれども、さすがにここまでとは。

「人魚姫は海が好き。いつだってありのままの自分を包みこんでくれるから……。それがたとえ、どんな自分であったとしても」
コミュはこんなモノローグから始まる。
「人魚姫」が詩織を指すことは明らかだ。
それにしてものっけから不穏。

詩織の凱旋沖縄ツアーが本格的に行なわれることとなり、「地元の星」と周囲はやんやの大はしゃぎ。
杉坂海は詩織のことを「明るくなった」と評するが、当の本人はプレッシャーを感じている様子だ。
海を眺める姿はメランコリックで、作った笑顔もぎこちない。
なんでも彼女には故郷の海を見ると思い出してしまう過去があるらしい。

「詩織にはたくさんのファンと運命的な出会いをしてほしい」と語るプロデューサーの言葉を受けてアイドルとしての決意を新たにする詩織の元へ地元のファンの少女が現れ、「うそつき!」との言葉を浴びせる。
よりにもよってあの誠実な瀬名詩織が「嘘吐き」とはどういうことか。

インタビューにて詩織は「故郷の沖縄で笑顔の私をお見せします」と宣言した。
それに対してファンの少女は詩織が「頑張って笑おうとしてた。いつも笑おうって無理してる」と指摘。
少女は詩織の知己ではないようだが、異常に観察眼が鋭い。
少女が熱心なファンだからなのか、アイドル・瀬名詩織の「仮面」に綻びが生じたのか。
なおも少女は畳み掛ける。
「ファンのこと好き?いて楽しい?アイドルしてて楽しい?」
瀬名詩織ファンは辛い想いをしているらしい。
なんとも主語が大きいが、その言葉は的を射ていたようで、詩織の足元が大きく揺らぐ。
「胸の熱い想いを伝えられると信じていたのに」
シンデレラの自分の歩く足が、このままだとヒレになってしまう。

「アイドルをしていればよくあること」と前川みくはフォローしてくれたが、どこで嗅ぎ付けたのかマスコミがさらに追い打ちをかける。
「ミステリアスなアイドル瀬名詩織、その心の中はファンにとっても不可解そのもの」などと見出しが踊る。
確かによくあったことだ。
シンデレラガールズにおいてもこれまで速水奏や高垣楓、神崎蘭子や二宮飛鳥や黒埼ちとせなどがパブリックイメージの犠牲になってきた。
今回救いだったのはインターネット上のファンの書き込みは擁護派が多数を占めていたことだろう。
ただし、擁護するのもファンなら「うそつき!」と面と向かって罵ったのもファン。
「海を見てきます」と置き手紙を残して姿を消した詩織を皆で捜索することになった。
「まさか」の疑念が皆の脳裏をよぎる。

詩織がいたのはプロデューサーと出会った浜辺。
彼女がアイドルになったきっかけは、海辺で撮影中に大波で溺れたプロデューサーを詩織が助けた流れでスカウトされたからだ。
泳げない詩織が、である。
「心配し過ぎ。もう気にしてない」と強がる詩織に飛鳥は「嘘が下手」だと強烈な指摘。
ファンの少女の言葉をあえて引用するのが彼女ならではだと言える。
浅利七海と沢田麻理菜は詩織がたくさんの他人には言えない感情を抱え込んでいることを見抜いていた。
首藤葵は「ずっと長い間一緒にいたから自分たちにはそういうのが伝わってくる」と、長富蓮実は「ファン(程度)にはどうしても『ミステリアスな人』に見えてしまうものだ」、と詩織の逃げ場を断つ。
仲間たちは優しいが、同時に厳しい。
自分たちの大切な仲間である「アイドル・瀬名詩織」を決して手放しはしない。
ダメ押しに「戻ってきてほしい」と懇願するプロデューサー。
だがそれに詩織は「きっと私は戻ってはいけない人間なんだと思う」とすげなく回答。
(言葉も笑顔もいらない。海に帰れたら)
心を閉ざして沈み行く詩織の意識は、少女時代へと遡る。

少女時代から瀬名詩織は「クラスの友達に馴染むのって難しい」と感じていた。
「外の世界なんて知らなくたっていいから」と、その頃からすでに好きだった海に向かいつつ対人関係を恐れる。
転校生と友達になれたと思いきや、その友達はまたすぐに転校することになった。
「もう無理しなくたっていい」
「私といてずっと楽しくなさそうだったのに付き合わせちゃった」
「楽しいのは私だけみたいでずっとつらかった」

そんな言葉のナイフの置き土産を残して。
そのようなことが何度もあったとのこと。
知らなかった。
本人以外は誰も。

「あの人も、あの人も、あの人も、私の前から去っていった。『つらかった』って言葉を残して」
「人に好かれるって難しい」
「本当に変われたと思ったのに」
「好きな人を傷付けてばかりの人間がアイドルに向いているはずがないと思わない?」
「みんなにも伝えてくれる?『さようなら』って」

詩織の慟哭が止まらない。
……なんなんだよ。
一体なんなんだよデレステ運営!
こんな今までとはかけ離れた詩織の本性を急に押し付けてきやがって!
どう処理しろって言うんだよ!?
これが新たな魅力なのか?
瀬名詩織Pたちがこういうのを望んでいたとでも?
深堀りどころかある意味墓穴に近い。
金脈を掘り当てようとしていたらマグマが吹き出したようなものだ。

残念ながら我々ユーザーにできることはない。
「独りで消えるしかない」と言う詩織に「そんなことはさせない」と返したプロデューサーに託すしかない。
皆で危うい詩織を確保し、LIVE会場予定地へと連行。
そこで飛鳥命名の『魔法のナイフ』こと仲間たちで作詞・作曲した「皆がよく知る詩織の気持ちを変わって表現して込めた」曲の楽譜を突き付ける。
飛鳥は「ファンのひとりひとりは王子様。この歌で遠慮なくその心を突き刺すといい」とチェシャ猫のように囁く。
詩織の凍った心は氷解した。
めでたしめでたし。
……本当に?
「あなたがアイドルに向いているかどうか、それはあなたが決めることじゃない。それを聴いた人が決めることだ。自分はプロデューサーだ。仕事に嘘は吐かない」
そのプロデューサーの言葉はなんと独善的か。
まるで詩織の気持ちなど完全無視だ。
我々はこのプロデューサーに瀬名詩織を託して正解だったのだろうか。

そんな私のモヤモヤを他所に、トントン拍子で事態は収束していく。
瀬名詩織凱旋沖縄ツアー『人魚姫の舞踏会』は大成功に終わる。
三船美優曰く、瀬名詩織は「歌とパフォーマンスに加えて感情表現というアイドルの武器を手に入れた」
プロデューサーは「初めて出会った時に詩織は元々感情豊かな人間だがその表現方法を知らないとそう直感からスカウトした。なりたい自分になってほしかった」と回顧したが、なんとも後付け臭い理由だ。
「プロデューサーは脇役のひとりでいい」と嘯くプロデューサー。
そんな彼の本質を見抜いていたのは「プロデューサーを『魔法使い』と認識する者がまた増えた」と苦笑する二宮飛鳥ただひとりだったように私は思う。
ちなみにその認識者の先達は言わずもがな、黒埼ちとせだ。
「プロデューサーは私のとても大切な運命をくれた魔法使い」だと喜ぶ詩織の姿を見て私は背筋が寒くなった。
「口先の魔術師」などと評される人物がいるが、このプロデューサーこそまさにそれではないか。
なにが「脇役」なものか。
あなたは立派な「黒幕(フィクサー)」ですよ。

私はこれまでモバマスやデレステでプロデューサーのことを「怖い」などと思ったことはなかった。
しかし今回初めてそう感じた。
プロデューサーはアイドルにとってなくてはならない存在。
その影響力の強さに改めて戦慄を覚えた。
アイドルの色はプロデューサー次第。
実際問題、ファンの質によってそのアイドルのイメージも大きく左右される。
『アイドルマスター』世界において「ファン」の呼び名が「プロデューサー」であるなら、我々ファンは改めて襟を正さなければない。
まさか今回のコミュを読んでそんな教訓を得ようとは。
いやはや、人間の感情は海より深く、ミステリアスだ。

<松原早耶編>


松原早耶にみなさんはどのようなイメージをお持ちだっただろうか。
「ミーハーであざとく媚びる小悪魔系」
大体そんなところでは?
今回のイベントコミュは、それを払拭して一新する良い機会となったことと思う。

早耶は周囲の人の美点にいち早くよく気付く。
この辺りは流行に敏感なアンテナの応用が利いてる感がある。
それはもちろん、彼女がアンテナを常に広げているからこそ、そこに引っ掛かるのだ。
そう、松原早耶は努力の人に他ならない。

スタジオ撮影中、早耶はカメラマンからの「自然体」の要求に対してそれに応えようとするも「あざとい」と判断されてしまう。
そのあざとさも「早耶を嫌いな子にも好きになってもらうために早耶にしか見せられないカワイイを見せたい」という想いと努力から生まれたものだったのに。
そこを否定されては彼女の根幹が揺らぐことになる。

プロデューサー曰く、「早耶はカワイイに関して頑張り過ぎてしまう」
まさにその悪い予感が的中する。
出演した番組で早耶は失敗を連発し、共演するユニットメンバーたちのフォローでなんとか体裁を保つ。
得意分野でのミスは特に堪える。
(失敗しちゃっても笑顔でカワイく、今はそれもできない。こんな自分はイヤ)
塞ぎ込む早耶。
「カワイイ」への彼女の執着は、我々の想像の遥か上の次元にあった。
輿水幸子のように天賦のものではない、自らこだわり抜いて作り上げた「カワイイ」さは維持することがとても難しい。

ふらりと立ち寄ったカフェにて中学時代に同じクラスだった女性が店員として勤務していた。
その友人もプロデューサーと同じように「早耶は『カワイイ』に関してだけはストイック」という印象を持っていたらしい。
松原早耶の「カワイイ道」は、少なくとも中学の頃にはすでに始まっていたということだ。
彼女のアドバイスは非常に的確だった。
「『失敗しちゃわないように』じゃなく『失敗しても大丈夫』って考えれば?」
「多分得意なことの失敗ってあんまりしてこなかったでしょ?だから1回の失敗を憶えてる」

プロデューサーでもなく、アイドル仲間でもないからこその彼女からの言葉はするりと早耶の心の隙間へと滑り込む。
モデル時代はクラスの子を避けていたという早耶だが、学生時代の友人関係にトラウマを抱えていた瀬名詩織とは皮肉なまでに対照的に当時の友人によって救われる。
「努力してる姿もカワイイ」
天啓を得た早耶は確実にステップアップをなし得た。

視界が開けると心にも余裕が生まれ、仲間たちの声にも素直に耳を傾けられるようになる。
『りるすたー』のメンバーの今井加奈がメモを取り始めたのは失敗しないためにだった。
モバマスのぷちデレラで「わたしの癖…ううん、趣味みたいなものかも!」と言っていたのが私の中での最初の記憶だが、今にして思えばあれは誤魔化していたのか。

今明かされる衝撃の(?)真実。

安斎都は「きっと、嫌いになってしまうかもしれない自分を『どう受け入れられるか』が重要なのでは」と名推理を披露。
ユニットが相乗効果で成長を見せる。

松原早耶はブロガーとしても名高い。
話すよりも文章を打つ方が早いレベルの達人だ。
ブログは早耶にとって「おまじない」みたいなものだとか。
そんな彼女が「カワイくないから」と隠していた大量の投稿しなかった下書き。
「私、もうひとりじゃない」
万全の状態でない時には読み返す気にすらならないそれを見て、早耶はそう考えられるまでになった。
「もう怖がらなくても大丈夫ってやっとわかった」
「だから自分を嫌いにならなくていい」
「カワイくない早耶だって本当の私の一部。もっと好きになってもらうために受け入れる」

きっかけをひとつ掴めれば、あとは芋蔓式に正解へと辿り着く。
「みんなが好きでいてくれる早耶を私が嫌っちゃだめ。むしろ好きでいていい、もっともっと好きになりたい!」
早耶は自ら過去と向き合い、それを正面から突破した。
松原早耶は見た目以上に強い。
そして向上心に溢れた努力家だ。
最初に申し上げた通り、今回のコミュで彼女に対するイメージが良い方向に大きく変わったことと思う。
正統派の実に完成度の高いシナリオだったと評価したい。

<おわりに>


プロデューサーは早耶に「失敗の上にどれだけの成功を重ねられるかが大事」と言った。
上書きではない、上積み。
否定からの消去ではなく、土台として活かす。
瀬名詩織編のプロデューサーは魔法をかけて上書きしたが、松原早耶編のプロデューサーは別フォルダを作らせた。
この差は顕著だ。
シナリオごとにプロデューサーが異なるのかアイドルごとにアプローチを変えているのかは定かではないが、スタンスは正反対。

しばしば男女の過去の恋愛に対する向き合い方を、「女は上書き、男は別フォルダ」と表現するのを耳にする。
女性は過去の男性関係を上書きして新たな恋愛関係に臨むが、男性は過去の女性を引きずったまま次の関係に向かうというものだ。
瀬名詩織担当プロデューサーが女性的で松原早耶担当プロデューサーが男性的だったと言うよりは、瀬名詩織がより女性的な思考で、松原早耶がより男性的な思考だったする方が真理に近いのかもしれない。
どちらが正解だったのではなく、どちらの方法がそのアイドルにとっての解決策として相応しかったのかが重要。
今回のケースではそれがたまたま詩織には上書き、早耶には別フォルダが合っていたという話。

あなたはどちらのタイプですか?
あなたなら過去と向き合うことが必要になった時、上書きと別フォルダ、どちらの方法を選択しますか?

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