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プロレスラーにとっての「勝利」って何だろう。:『TAKAYAMANIA EMPIRE 3』

いやはや、とんでもないものを観た。
何って?
昨日の『TAKAYAMANIA EMPIRE 3』である。
ハードコアマッチあり、女子対決あり、ミックスドマッチあり、バラエティマッチありの闇鍋興行。
だったのだが、語りたいのは申し訳ないがメイン以降についてだ。


「鈴木みのるVS.柴田勝頼」
これが観たかった!
発表時から一日千秋の想いでこの日を迎えた。
快く柴田勝頼を送り出してくれてありがとうAEW

ただ一つの懸念点は「30分一本勝負」であるということ。
今のこの二人の試合がたった30分で決着がつくのか?
メインが引き分けだと締まりがなあ。
いやいや時間切れになっても「こんなので納得なんかいくか!延長だ延長!」とかありそうだなー。
そんな様々な思いを抱えつつ、「かっ!ぜっ!に!なれー!」からの「キョーヘー!」で試合スタート。


開始から15分以上逆水平チョップ合戦だよ!
レスリングをしなさいレスリングを!
と言いたくなってしまうがそれだけで目が離せないのが恐ろしい。
この二人なら「グラウンドだけで60分やれ」って言っても余裕でこなせるのになあ。
ただそれもこれもプロレス。
何気に鈴木みのるの逆水平チョップは珍しいので観られてラッキー。

会場中を縦横無尽に渡り歩いての逆水平チョップ合戦が続く続く。
和田京平レフェリーも鈴木みのるの扱いを熟知してるので最初からもう場外カウントを取る気なんてさらさらない。
それどころか「もっとやれやれ!」って焚き付けてますよこの人。
解説席の小橋建太をも巻き込んでのカオス空間。
というか小橋建太のチョップの威力よ。
引退してもう長いのに、スーツの上から見ても未だに腕ぶっ太いもんな。
かつて「日本人レスラーで腕の太さなら小橋建太か北尾光司」と言われたものだが、一般女性のウエスト周りよりも太かったあのボリューム感は今でも衰え知らずだ。

なぜか自ら小橋建太の逆水平チョップを受けることを何発も志願する柴田勝頼。
レジェンドを体感できる機会を逃すまいとするハングリーさがベテランと呼ばれる領域に達してもいささかも減退していないのが心底尊敬に値する。
小橋建太曰く「二人とも逆水平チョップが上手くなってきてる」。
戦いの中で成長する鈴木みのると柴田勝頼。
あのキャリアで!?
この短時間で!?
なんなん!?

柴田勝頼がAEWではやりたくてもやれないことを全部やって帰ろうとしていた印象だった。
試合は逆水平チョップ合戦が終わった後に急激に動き出し、27分18秒、PKで柴田勝頼の勝利。
唐突感はなく、勝負が30分以内に決まったことにむしろ驚いた。
あれだけダメージが肉体に蓄積していればそうなるか、と。
鈴木みのると柴田勝頼、永遠の腕白坊主にもほどがある。
負けても一切価値が下がらないのが鈴木みのるというプロレスラー。
勝敗を超えた先に存在するプロレスラーなので不思議でもなんでもないんだが。

あれだけの試合後、意味不明にケロッとしている二人がふっつーにマイクでしゃべっている。
いやいやいやいや!
あんなにノドに逆水平食らってたやん!
ノドが鋼鉄でできてるの?
そっかー、歌手の「ノドを鍛える」とは違う意味かー。

いい大会だった!
鈴木みのるが参加者を集める。
解説席の武藤敬司に「走ってこっち来い!」と言う鈴木みのる。
それは無理。
あとは「ノーフィアー!!」の合唱で大団円か。
ん?
……え?
ウソウソウソウソ!

高山善廣入場!


こんなサプライズがあっていいのか!
柴田勝頼が男泣きしてるよ……!


高山善廣が笑った!
だったのにどうしてこうなった。
対角線上に高山善廣と鈴木みのる。
なんと時間無制限一本勝負が始まってしまったではないか。

動けない高山を散々挑発し、コケにする鈴木みのる。
一般人からすると虐待でしかない光景。
衆人環視の中、世界に中継されている中での異常な世界。
高山善廣が悔し涙を流したかのように見えた。
プロレスラーにとって最大の起爆剤はジェラシーだ。
その意味ではこれほど効果のあるリハビリはなかっただろう。


今の高山善廣にとって鈴木みのるはあまりにも眩し過ぎる。
あの年齢であのコンディションをキープし続け、毎週のように世界各国からのオファーを受けて飛び回って試合をしている。
しばしば石森太二が「コンディショニングの鬼」と評されるが、年齢を考えれば鈴木みのるのそれはさらにすさまじい。

みなさんは「プロレスラーの美しい肉体とはどんなものか?」と問われるとどう答えるだろうか。
バッキバキの筋肉美?
極限までのグッドシェイプ?
私は違う。
鈴木みのるのような肉体こそプロレスラーとして美しいと考える。
無駄が一切ない。
それは肉体的な意味だけではない。
まるでヤングライオンのようなショートタイツにショートシューズのみ。
余計な装飾などなく、またサポーターなども見当たらない。
痛い部分や悪い部分がないはずがない。
あってもそれを決して表には出さない。
痩せ我慢上等。
魂までも美しい。

対して高山善廣はどうだ。
動けない。
肉体など晒せるはずもない。
悔しいなんてものじゃないはずだ。
だが高山善廣は長い沈黙を破って衆人環視の前に姿を見せた。
あえて。
今の自分の姿を。
強い所だけを見せたかったあの高山善廣が。
とてつもない勇気だ。
どれほどの覚悟が必要だったことだろう。
必ずファイターとしてリング上に帰って来るという決意があるからこその決断に違いない。
この高山善廣の姿が現在逆境に苦しむ人たちどれほどの勇気を与えたことか。
まさに「ノーフィアー」を体現している。
「帝王降臨」にして帝王健在。


改めてプロレスとは生き様であると確信した。
ここでぶっちゃけてしまうが、私は「キング・オブ・スポーツ」という表現が好きではない。
なぜならプロレスはスポーツではないと考えているからだ。
プロレスをやるにおいて全てのスポーツは無駄にはならないが、プロレスというものはとにかく異質過ぎる。
ジャイアント馬場はかつて「プロレスはプロレス」と評したが、その通り、プロレスはプロレス以外の何物でもない気がしてならない。
スポーツのみならず、全ての事象がプロレスにおいて無駄にならない。
人生のトータルパッケージ、それがプロレスではないか。

この大会を通して観て、鈴木みのるのことを「プロレス王」だと認めない人などいないだろう。
あれだけの死闘を繰り広げておいて率先して運営業務や司会進行に携わり、最後はお礼とともにお金箱を抱えて走り去った。
人間力が違う。
違い過ぎる。


プロレスラーにとっての「勝利」って何だろう。
今日の試合で確かに鈴木みのるは敗北した。
なのに、誰の目から見ても勝者は彼だった。
誰よりもこの大会自体を楽しみ、誰よりもプロレスを楽しみ、誰よりも高山善廣への強い想いがあった。
鈴木みのるこそが『TAKAYAMANIA EMPIRE 3』の完全勝利者だった。

記録ではない、記憶に残ること。
鈴木みのるはかつてオカダ・カズチカや棚橋弘至全盛期に、「アメリカ行ってみろ!おまえらのことなんてだ~れも知らねえよ!」と放言したが、あれはあながち誇張ではない。
それほどの鈴木みのるのネームバリューは世界的だ。
プロレスラーとしての強さや技術だけではない、彼の全てが全世界に伝播しているのだ。
彼ほどの存在が何人いるだろうか。
「プロレス王」
その通り。


『TAKAYAMANIA EMPIRE 3』、胸焼けするほど「プロレス」を摂取した。
人間の生き様を全身で浴びた。
細胞の一つ一つにまで浸透した。
プロレスを知ることは、人間を知ることでもある。

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