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羨望と憧憬の代償、そしてその先。:デレステ『流星浪漫』

『アイドルマスターシンデレラガールズ スターライトステージ』(以下『デレステ』)のイベントLIVE Infinity『流星浪漫』が終了し、そのコミュを読了したので感想などを記す。

本イベントのメインは『星纏天女』(鷺沢文香&鷹富士茄子)で、舞台のW主演を務めることとなったストーリー。
舞台スタッフ内にも熱心な彼女たちのファンが多数いて、その人気の高さを伺い知れる。
実際先日行なわれた『THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS UNIT LIVE TOUR ConnecTrip! 東京公演』においても発表時から『星纏天女』に対する期待値は絶大だった。

サポートメンバーとして、小早川紗枝、小日向美穂、関裕美
小早川紗枝はさらにナレーションに加えて日本舞踊指導をも担当しており、新たな魅力を開花させるとともに、改めてその芸達者ぶりを世に知らしめた。
彼女たちもふたりに対しての想いをそれぞれ抱いている。
紗枝は文香を「舞台へ一歩踏み出したらがらりと変わる人」と、茄子を「よく周りを見て人の幸せを考えて動く努力をちゃんとしている」と評し、裕美は文香を「物語を読んでいる分、主役の輝き方を知っている」と位置付けていた。
今回のイベントコミュは、かつてないほどサポートメンバーたちがまさしく「サポート」としての役割を果たしていた印象だった。

夜遅くまでコソ練をする文香と茄子。
急激な仲良しアピールと思うなかれ、そもそも星纏天女の歴史は2017年6月26日にまでも遡り、その後もこのふたりは『Trust me』、『君への詩』、夕星灯、天穹翔姫、『Next Chapter』と共演を続けており、決して一朝一夕の関係ではないことは明らか。
年齢も文香が19歳、茄子が20歳と近い。
文香は茄子を「茄子さんはすごい人。スポットライトを浴びるに相応しい人」と評し、茄子は文香を「文香ちゃんはすごい人。お話に詳しくてたくさん教えてくれる」と評し、互いに絶賛。
なんとも微笑ましく尊い光景だったが、それは長くは続かなかった。
そう、演出家による配役交換である。

演出家の職権濫用による横暴に激昂する裕美と美穂。
件の演出家は「プロデューサーが確信する彼女たちの魅力で私たちが作る舞台の魅力を引き出したい」、とここではまだ漠然とした回答。
誰も納得はできず、混乱も収まらず。
だが得てしてこういう時は当事者ほど冷静だったりするもの。
ふたりは仲良く「夜パフェ」へ。
シリアス展開中に突然の槙原志保要素に思わず小躍りしてしまう私。

3回までね?

それはともかく、ふたりはそこでともにプロデューサーにスカウトされた時のことを回顧する。
今回のイベントコミュにおいては、アイドルになったきっかけやその時のことが大事なファクターとなっている。
茄子はプロデューサーに「ピンときました。アイドルでみんなを幸せにしませんか?」と言われ、「待ち人来たる」となったとのこと。
文香も同じくプロデューサーにスカウトされたものの、共通点を見出したは良いが、それにより逆に齟齬をも浮き彫りにしてしまう。
(本当は同じではないのでしょう)
(貴方は私が戸惑っている道をどんどん進んでいくことができる人)
(純真で明るくて周囲をよく見ていて、人を幸せにしたいと願う眩しい人)
と、文香の内心の吐露が止まらない。
誰の目にも明らかな星纏天女の陰と陽は周囲の想像以上にその色が濃かった。

と思いきや、茄子は茄子で文香への独自の想いを抱え込んでいた。
(文香ちゃんはしっかりと自分の世界を持っていて、好きなことへの集中力がすごい)
(学んで、努力して来た人だからこその輝きがあって……すごく眩しい)
「ないものねだり」と一刀両断するのは実に容易い。
が、そこに気付けたのは、まさに彼女たちが努力し、積み上げてきたからこそだった。
見たかった景色と見えてしまった光景。
その狭間で苦しむことになるとは。

意外にも先に動いたのは文香の方だった。
誰もが予想していなかったアドリブ
台本を読み込んでいるからこそ可能だった即興。
茄子は「文香ちゃんは私とは違う世界を見つめることのできる人」だとさらに隔たりを痛感する。
文香にしかできなかった打開策は突破口になったが、ユニット『星纏天女』としては諸刃の剣だった。
演出家の「生きた感情の乗った演技がふたりにはまだできていない」という指摘がせっかく開いた突破口を狭くする。
狭い穴は光をより収束し、また、影を濃くする。
パートナーの眩しさは自分へと暗い影を落とす。
(私は器用ではなく要領もいい方ではないのでいつも困っていた)
(少しは成長できていると思っていたのに)
(読者は主人公自身になることはないと知っていたのに)
文香はそう回顧し、悔恨する。
(生まれた時から運が良くて能天気。だから感情を表すことは演技でも苦手)
(少しはできるようになったと思っていたのに)
茄子は白菊ほたるとのデュオユニット『ミス・フォーチュン』での『幸せの法則~ルール~』の時のような昏い感情の発芽を自覚する。
突破口だと思った道はとんだ袋小路だった。

演出家は手を緩めない。
「表面を見たいわけじゃない」
「イメージが近くにいる誰かぴったりだったとしても、自分で自分を否定するやり方は認めない」

思わず「舞台を私物化するな」と言いたくなってしまうが、自己否定に関しては一理ある。
「役になりきる」ことと「役を自分のものにする」ことは違うのだから。
自分を役の一部にするか、役を自分の一部とするか、この差は大きい。
一計を案じた仲間たちが動く。
美穂はプロデューサーに現状報告を行ない、裕美は「演技やお芝居に詳しい人」としてなんとも強力な助っ人を召喚してくれた。
その人物とは岡崎泰葉
裕美とは『GIRLS BE NEXT STEP』を白菊ほたる、松尾千鶴とともに組む仲であり、シンデレラガールズファンの間では初期から「岡崎先輩(パイセン)」ネタで知られ、それが公式化までされた元子役アイドルだ。

岡崎プロ!

さらにさらに!
泰葉が服部瞳子まで連れて来てくれたではないか。

頼もし過ぎるゥ!

瞳子は一度アイドルに挫折し、カフェ店員として働いていたという過去を持つ。
参照 →「先輩」と聞いて連想するアイドルは?
まさに両巨塔。
泰葉曰く、
「演技には『これが正解』っていうのはなくて、役の解釈は一致していても細かい所作は人によって違ってくる」
「役者側の解釈を少しずつすり合わせて近づけていく。その逆もある」
瞳子曰く、
「役という表面がはがれて、自分が出てきちゃう」
アイドルの大先輩であるふたりの言葉は、奇しくも演出家の指導の正当性を裏付ける結果になったが、決して逆効果だったわけではない。
むしろ信頼できるスタッフたちによってこの舞台が作られていることが証明されたのだ。
芸能界での経験が少ない面々にとって、岡崎泰葉と服部瞳子の経験談は大いに糧となったことだろう。

文香と茄子はふたりで神社を参拝して本音を語り合うも、ほんのあと少しが足りない。
紗枝は「素直になるのは難しいものだ」と自身の経験を交えて言う。
彼女の中で塩見周子との『羽衣小町』や水本ゆかりとの『Rêve Pur』でのデュオユニット活動での思い出の数々が思い起こされたに違いなく、その言葉には重みがあった。
「幸福以外のものを求め、俗世の人間しか抱くことのない感情を知ってしまったら満ち足りた天女ではいられなくなる」
それが「素直」になるということなのか。
そして「天女」こそが「純真なままの自分」を指すのか。
まるで当て書きであるかのような皮肉なキャラ設定だ。

『星纏天女』の物語を動かしたのはまたしても文香のアドリブであった。
なんと舞台公演中において本音を吐露したのだ。
まさに役柄と一体になっていないとできない所業。
この瞬間、『星纏天女』は舞台のみならず会場全体の完全なる支配者となった。
歯噛みして悔しがる演出家。
「茄子は幸運だけではないアイドルの魅力を羨み、憧れ、自分もそうなりたいと願って芸能の世界に足を踏み入れたからこそ、彼女には努力を必要とする演技を求めた」
「文香は『変わることへの憧れ』と『変わった自分の持つ輝き』が大きな原動力となっているからこそ、彼女には天真爛漫で輝ける天女を演じてみてほしかった」
やっと聞けた配役交換の真意。
「いや遅ぇーよ!」とツッコミたくなるが、この演出家、負けを認めなければ一生白状しなかったに違いない。
それを言わせたのは紛れもなく『星纏天女』の功績だ。
「同じような憧れが根底にあるのに性格も魅力も違う、そんなふたりが互いに憧れを抱き舞台に立てば、お互いを想って最高に輝く」
演出家の狙いはそこにあった。
が、演出家氏もほんのあと少しが足りなかった。
文香はこう言った。
「似ているようで異なり、それでもやはり似ている」と。
「同じ?」→「違う」では終わらない、「同じ?」→「違う」からの「似ている」。
「同じ」と「似ている」ではそれこそ「違う」のだ。

文香はプロデューサーからのスカウトを受けた時、「『流星』のような存在になってみたい」と思ったそうだ。
茄子はアイドルという存在に天性のものではない『浪漫』を求めた。
『流星浪漫』
ふたりの想いはつながっていた。

劇中のふたりは人間的な感情を抱いて天女ではいられなくなった。
鷺沢文香と鷹富士茄子は今まで心の奥底に隠していた感情を吐露してこれまでのふたりではいられなくなった。
だが天女のふたりとアイドルのふたりでは全く違う。
羨望と憧憬によって力を失ったのが作中の天女なら、それによって力を得たのが『星纏天女』
心が満たされたのはどちらも同じではあれど、輝かしい「その先」があるのは後者。
シンデレラガールズの世界観において「変わること」はひとつの大きなファクターとなっている。
人間という生き物は兎角変わることを恐れる。
それはすなわち「変わること」による「代償」を恐れてのことだ。
待て。
「その先」に「代償」しかないなどと誰が決め付けた?
今回の『星纏天女』は見事代償の先に辿り着いたではないか。
代償はゴールではない。
そこで終わってしまってはただのバッドエンドだ。
トンネルを抜けた先にこそ輝きがあることを彼女たちは教えてくれた。

美しく尊いに終始するかと思われた『流星浪漫』だったが、実にドラマチックだった。
紹介した槙原志保要素や岡崎泰葉と服部瞳子の登場なども相まり、実に起伏に飛んだ濃密な時間だった。
このふたりのストーリーでこんなにも感情を揺さぶってくるとは。
シンデレラガールズの世界はまだまだ隠された魅力や輝かしい未来の可能性を内包していることを実感できたのはなんとも嬉しい誤算だった。

願わくば星の道がいつまでも続きますように。

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