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お馬さんには年金が出ます

競走馬には、なんと年金が出る。

重賞という大きなレースを勝った馬に限られるが、競走馬を引退したのちの生活を支えるために、年金が出る。現役の走りをしるファンのために、『あの馬が年金を受給し始めたよ!(=まだ元気に生きてるよ!)』と公表するシステムも備わっている。

現役生活よりも余生のほうが長い競走馬にとっての年金、また受給を知らせるそのシステムは、ファンにとってもありがたいものだろう。

ではいくら支払われるか。

なんと月2万円!

またこれが、人間にたとえるとどれくらいの金額になるだろうか。

人一人がアパートを借りて普通の暮らしをするのに、人によっては20万あれば十分という人もいれば、30万あっても足りないという人も、世の中は広いので当然いるだろう。そしておよそ5万円が、単身で生活する成人男性の食費にあたるそうだ(※出典:家計調査2017[単身世帯](総務省統計局))。

また年金はざっくり月額16万円ほどが貰えるそうだ。その中から5万円を食費に充てたとして、残りで家賃を払ったり、あるいは固定資産税を払ったりした時、身長175センチ65キロほどの人間を生活させるために、収入の全体の3割強を要すると考えれば、まあまあな出費と言えるかもしれない。

一方、KYKでロースカツ膳が1200円ちょっとで食べられると思うと、なかなかリーズナブルだとも感じる。月に一回、これを食べるのがちょっとした楽しみだった。今月も、そしておそらく来月も、足が遠のくことになるだろうが。

さて本題。

馬一頭に支払われる月2万円の年金は、人間でいえば、2万円にあたる。

どういうことか。

犬や馬の年齢が人間で言うところの……という計算式があるように、馬に月2万円の食費をかけたとき、人間の食費に換算すると、2万円にあたる。

つまり、そう。

身長175センチ65キロの人間が月2万円では食べていけないように、170センチ500キロの馬は、当然食べていけないのだ。

基本的に競走馬は日本中央競馬会……JRAの主催するレースで走る。JRAは馬券の売上金額が、基本的な収入源になる。そしてJRAが売上を増加させようと思った時、レースをたくさん開催し、馬をたくさん走らせることがほとんど唯一の方法となる。

そうなるために、JRAはさまざまな福利厚生を用意した。

まずは言わずもがなの《賞金》だ。ダービーやジャパンカップ、宝塚記念や有馬記念など名だたるレースでは、優勝馬に2億円ほどの賞金が出る。また惜しくも2着3着それ以下になった馬にも、それなりの賞金が出る。

ただ、『勝てなければ食べていけない…』では、勝てない種牡馬は必要ない、となり多種多様な遺伝子を残すことも出来なくなる。

そのため《命がけのレースに出てくれてありがとう》という、レースに出るだけでもらえる基本給がある。《馬を競馬場へ運ぶ際のガソリン代》や、引退する競走馬へ《いままでたくさん走ってくれてありがとう》の退職金や、その他諸々がある。

だが馬の年金を支払っている主な事業団体は、JRAではない。

公益財団法人ジャパン・スタッドブック・インターナショナルという団体が主だって、引退した競争馬へ手当を出している。JRAもそういった活動をしていたが、今では業務委託がなされ、JRAが音頭を取って引退馬に助成をしているという話は見受けられない。

また年金はその名の通り、引退してすぐに貰えるわけではない。2020年現在、10歳以上の重賞勝利馬(地方ダートグレード勝利馬も含む)に受給資格が発生する。6歳や7歳で引退を余儀なくされる世界において、その時点まで悠々自適に暮らせる貯金を得られる競走馬はごくまれだ。

競馬ファンは多くいる。またファンのあいだでも、競馬に対する見方は十人十色だ。モータースポーツやサイクルロードレースのようなスポーツとして見る人もいれば、ぼくのように現在進行系で紡がれる歴史として見る人もいれば、単純にギャンブルとして見る人もいる。

そういった人たちが、馬券に対してどういう想いを持っているのかは定かでないが、少なくともぼくは、野球の観戦チケットのようなものとして馬券を買うし、また競走馬の未来に対して馬券を買っているつもりだ。多寡はさておき、JRAにはそういう気持ちを込めて馬券を張っている。

人間の年金が減らされているように、馬の年金も、少し前に1万円減額されて2万円になった(支給年齢が4年下がったこともあるが)。一方で、レースを勝った際に支払われる賞金は、年々上がり続けている。馬券の売上で得た収入を、JRAは現役馬に対して還元しているのだ。

たくさんの馬がレースに出ることは、それだけたくさんの馬にチャンスが生まれるということでもある。馬も生き物だ。レースに出て気の萎えてしまう馬もいれば、その逆にサラブレッドとしての血が目覚める馬もいる。そういう機会に対して、JRAは儲けを還元しようと計画を立てている。

それはそれで、たしかに正しいと思う。

だがレースに勝てる馬は、1レースにつき1頭だ。平均して1レースあたり12頭の馬が走る。そして当然、勝つ馬よりも、負ける馬のほうが断然多い。

だからこそ勝った馬は強いと讃えられるし、そして裏を返せば、勝った馬の存在を支えるのは、負けた馬の存在があればこそなのだ。

だからこそ、なればこそ、JRAにはもっと、、現役を退いた馬へもう少しだけ考えを向けてほしくある。

JRAもただ現役馬にのみ注力をしているわけではないと思う。

だがその結果は、月2万円というファンも周知の事実だ。引退馬を繋養する牧場の手弁当なしには、生きていけないのだ。

超高性能のハイスピードカメラを用いて、鼻差3センチまで勝ち負けの事実に迫るJRAの姿勢において、月2万円という事実は、名状しがたい金額であろう。

先日、スーパーホーネットというG1を勝った馬が、惜しまれつつ種牡馬を引退した。

けれども年金受給の知らせはなく、音信不通になったという風のうわさを聞いた。うわさ曰く、『そのことについては、詳細を聞かないでください』とのことだそうだ。

その一言で、ファンはおよそを察する。

優勝劣敗の世界とはいえ、それではあまりにも、馬券の意義がないではないかと、言いたくなってしまった。G1を勝った馬が経済の都合に巻き込まれるのであれば、なんのために馬券があるのかと。

理想と現実の折り合いはいつだって悪い。

レース後のオルフェーヴルと池添謙一くらい悪い。

だが大人として、馬を走らせる人間として、その事実の上にあぐらをかいていては、あまりにも不甲斐ないのではなかろうか。



*写真は2014年の京都記念に出走するヒットザターゲット号とクリスチアン・デムーロ騎手です。当馬は今、美浦の乗馬苑にいるそうです。初重賞の新潟大賞典、あれは良いレースだった。

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