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土鍋と焼芋

うわ~ん、土鍋のフタが割れちゃった!
あれは昨年12月のこと。
この冬初めての鍋の日。
休日はたいてい料理好きの夫が食事作りを担当してくれる。この日もそうだった。
台所でいそいそとシメの雑炊をこしらえている夫。
と、ズゴン!と何やら不穏な音。そこまで悲劇的な音ではなかったが、
「あ、割れた…」
夫のつぶやきが続く。
「えー!なになに!」
台所へ飛んでいくと、夫の手には、持ち手を残して、円の4分の1強が綺麗な三角形に欠けた土鍋のフタが。
調理台には同じくらいの大きさの二等辺三角形の破片がふたつ散らばっている。
「ありゃりゃー」
思わず声が出る。
夫が言うには、フタを持つ手がツルッと滑り、土鍋本体の上に落ちたという。そんなことは今までも何度かあったような気がするが、よほど当たりどころが悪かったんだろうか。
いや、そうじゃないな。
きっとあれだ…私は閃いてしまった。
さっきまで鍋をつつきながら夫と交わしていた会話。
土鍋はあれを聞いていたに違いない。

『さつまいものお菓子』という若山曜子氏の本に出会ってからというもの、私はすっかり自家製焼芋のトリコになっている。
手間いらずだけどたっぷり時間がかかるので、そうしょっちゅうは作れない。でもビックリするほどねっとり甘~い焼芋ができあがるのだ。もうやみつき。忘れた頃に無性に作りたくなる。
厚手の丈夫な鍋で作るのだけれど、数時間ほぼ空炊きなので大事なお鍋はとても使えない。これまでは廃品同様のボロフライパンを使っていたのに、バカな私はうっかりそれをゴミの日に捨ててしまった。
「代わりに使える鍋はないかなあ」
鍋をつつきながら夫に話しかける私。
「土鍋でできるんじゃない?」
と夫。
「ほんと?」
「だって焼芋用の土鍋ってあるじゃん」
「そっか」
「あ、ダメだ!」
スマホを検索していた夫が言う。
「空炊きして高温になった土鍋に一滴でも水が垂れたら即割れるって」
「えっ!たった一滴で割れちゃうの?」
「水を垂らさないよう気をつければいいんだよ」
「いやー、でも危険過ぎる。割れたら元も子もないよ」
あの時私たちは土鍋を間に挟んで、一体なんべん「割れる割れる」と繰り返したことだろう。
土鍋の身になってみれば、頭上を何度となく「ワレル」という不吉な言葉が弾丸のように飛び交っているのだから、さぞや心臓バクバク、生きた心地がしなかったろう。
そして鍋とフタがゴツンとなったあの瞬間、すでに極限まで縮み上がっていた土鍋の心臓は、耐えきれずとうとうプッツンしてしまったに違いない。
還暦過ぎて握力の落ちた夫の手がかわいそうな土鍋に最後のとどめを刺したのだ。
うん、きっとそうだ。
でなきゃたったあれだけのことであんなに簡単に割れるはずがない。
ごめんよ、土鍋。
私達が無神経過ぎた。

あなたに初めて会ったのは駅ビルの雑貨屋だったね。もう15年前になるかな。濃いこげ茶色のどっしりした体に薄いベージュのフタという上品な色合いが目を引いた。お値段も手ごろだったから、その場で購入を決めたんだっけ。
冬の鍋物の他、玄米を炊いたり、豆を煮たり、七草粥を作ったり。万能なあなたは毎週大活躍。いつの間にかうちにはなくてはならない存在にまで登りつめていた。あなたなしで私たちはこれから一体どうやって生きていけばよいのだろう。

「おや、金継ぎで直せるって」
スマホを睨んでいた夫が声を上げる。
土鍋のフタは案外割れやすいようで、ネットをのぞくと「割れちゃった体験談」がうようよ。なんだ~、うちだけじゃないんだ。
「あーダメか、使ってるうちにまた取れちゃうって」
接着剤は体に悪いからやめた方がよいと書いてある。フタだけ買い直した人、木のフタに替えた人、鍋物はフタなしで作れるよという人、フライパンのフタで代用する人、様々だ。
焼芋も作りたいから買い替えようかなあと探してみたら、焼芋専用の土鍋以外にも、四日市市の万古焼なら空炊きができるらしい。友人ご推薦の長谷園の土鍋も大丈夫らしいが、お値段がちょっと…。
今は取りあえずフライパンのフタで代用中。案外これでなんとかなるもんだ。あまり物も増やしたくないし。
でも焼芋用の鍋はどうしよう。こっちはまだ未解決。

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