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【ドラマ感想】ライオンのおやつ

余命宣告された主人公海野雫は、ホスピス「ライオンの家」で最期を迎えることを決める。身内には何も告げず暗い顔で島に到着した雫を待っていたのは、島の美しい自然と、ホスピスで暮らす人々との出会いだった。

自分が呼ばれたい名前で、呼んでもらう。毎日何をしてもいい、ただただ好きなように過ごすこと。門限もない。
朝食は心身を優しく目覚めさせてくれる、おいしいお粥。外出は自由。レストランやコンビニに行くも良し、家族や友人と会ったり、犬と散歩としたり、自然と戯れるもよし。おやつの時間になると、利用者の誰かがリクエストした思い出の味が、その大切なエピソードとともに本格的に蘇る。1人部屋に戻っても「病室」という感じはせず、こじんまりとした「自分の部屋」といった趣がある。

キーパーソンは、ライオンの家を切り盛りするマドンナだ。
外見はおさげ髪でメイド服というファンタジー感のあるおば様(…失礼!)だが、決して必要以上に相手の内面に立ち入らず、利用者一人一人を温かく見守っている。
元気な頃、小康状態、衰弱、危篤、死に際、そして死後まで…。ルーティンや日常の些細なやりとりから最期に至るまで、真摯に丁寧に対応するマドンナとスタッフの姿に、利用者は少しずつ心を許し、信頼を寄せ、やがてその死にゆく身とエンディングノートを預ける境地に至る。
マドンナとスタッフ、利用者やその家族たちとの信頼関係、死という避けがたいイベントに向かって共闘する特殊性が、かけがえのない絆を結んでいく。

利用者の思い出とともに提供されるおやつの時間は、みんなでおいしく楽しく時間を共有する場でありながら、さざ波のように優しく複雑に響き合い、一人一人の内省や気づきを促す機会でもある。
ホスピスで得た絆と安心感によって、次第に人生を見直す心のゆとりが生まれてきた利用者は、死という未来よりも現在、今この瞬間に目を向けるようになる。最後まで自分の人生を生き切る勇気を持ち、人生を振り返って、家族や大切な人に自分の本当の想いを伝え、自分の死に際を決めていく。

島に来たばかりの雫は、身仕舞をして誰にも迷惑をかけずに死んでいくこと、つまり自分1人のことで頭がいっぱいだった。しかし到着早々、前の部屋主が残していった犬の六花と出会う。初めてのおやつの時間に、六花の飼い主がリクエストした、最後までしっかりチョコレートの詰まったチョココロネを味わい、自分と同じように余命宣告された他者の人生に触れることになる。そして、明日葉の可能性に情熱を燃やす田陽地に出会い、臆面もなく夢を語り自分のやりたいことにチャレンジするその眩しい姿に雫は圧倒され、恋をし、やがて、残りの人生を最後まで生ききりたいと願うようになるのだった。

ドラマの主人公は雫だが、他の利用者にもそれぞれに味わい深い人生の片鱗があり、見どころがある。当然、物語はただ人が衰弱して、亡くなって終わりではない。そのプロセスや残された家族の葛藤、ある日は生きたいと願い、ある日はつらくて死にたいと揺れ動く本人の思い、それら苦しみ悲しみを、人間の尊厳と慈愛で包み込むようにして、優しく丁寧に描いている。雫が義理の父とその家族に自分の思いを伝える回までは特に、どのエピソードも涙なくして見られない。

マドンナは人は亡くなったら光になると信じ、死者を見送る際に「行っていらっしゃい」「良い旅を」と呼びかける。愛をもって相手を尊重し、祈り接する姿勢、物語全体を支えるその精神性が尊い。最期まで見守られている安心感の中で死者は旅立ち、残された家族もその旅立ちを見守ることができる。残された者の人生は続くわけだが、ライオンの家との関わりは様々だ。

雫は、旅立ちを前に亡くなった母と邂逅。そのまどろみの中で六花とその飼い主と元気にキャッチボールし、生前に関わった人々と丁寧に別れを告げていく。そして空に輝く光となり、田陽地と六花に見送られて旅立った後、ライオンの家で残された者たちに、明日葉モンブランの夢をプレゼントして消えていく。

受け入れるタイミングは、人それぞれだ。自身の旅立ちが、自分の大切な人の死が、大切に見守られて安らかな境地に達することを信じ切ることができたら、それはどれほど力強い希望となることだろう。見えないものがそこにあるということ、あるのだけれども見えないということ、その私事と社会性の接点に、宗教とその哲学が寄り添うことの存在意義、儀式の必要性を再認識する。

その理想的な温かさと優しさゆえ、どの回も泣かずには見られない全8話であった。

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公式HP:https://www.nhk.jp/p/ts/2GVXYR2MN8/

番組名:「ライオンのおやつ」(全8話)

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