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【ドラマ感想】お耳に合いましたら。

二十代前半の社会人あるあるの、どれか一つは心当たりがありそうなエピソード。どの街にもある、決して特別ではないグルメ。一見するとコミュ障にも見える、個性的で不器用ながら等身大の主人公、美園。コメディ色は強いが要所要所でしっとりとして、うるさくなりすぎないテンションと、手の届きそうな親近感に気持ちが和む。

まつまる漬物(会社)と自宅を往復する日常を背景に、美園はチェンメシ(チェーン店グルメ)への愛を語るポッドキャスト番組のパーソナリティとして成長していく。社会人3年目前後の若者たちの初々しさ、美園の「好き」に対する自己表現と周囲とのシナジー効果が、癒しと幸せを運んでくれる。深夜帯に笑えて、泣けて、お腹が空いてくる、瑞々しい青春ドラマ。


オーディオマニアの佐々木や、美園のことが大好きな亜里沙というサポートはあるものの、美園がカリスマパーソナリティーになってたくさんのフォロワーをゲットする…という話ではない。おいしそうな料理の紹介がメインの話でもない。フォーカスしているのは、美園の内面である。

第1話で、何かを「好き」だという感情は伝えなければ、心が麻痺してしまう、好きが死んでしまうと聞いた美園は、ショックを受ける。誰もがドキッとするくだりではないだろうか。

録音の度、美園はすうっと息を吸い込んで自分の世界に入る。まるでお店にいるかのような臨場感の中で、試合のゴングを鳴らすようにオンエアのランプが点灯し、店員に応援されて目の前のチェンメシと向かい合う。それは大勢の前で自己表現することが苦手な美園が、「好き」を守るために築いた基地であると同時に、「好き」の力を借りて戦う試合の場でもある。

前後に起こった出来事から自分が感じたこと、揺れ動く心のひだから湧き上がる感情…。溢れ出すように思いを口にするうちに、情動記憶とチェンメシの味が結びつき、その関係性が更新される様がリアルにレポートされていく。美園はチェンメシを愛してやまないのだが、美園の「好き」はチェンメシのみにとどまらない。隣人、恋人、同僚、友人、家族…チェンメシを中心に広がりゆく美園ワールド。オープニングの多幸感たっぷりの街のジオラマ。止まらない語りから、圧倒的に「好き」が溢れ出している。個性的で飾らないリアリティとオリジナリティが、リスナーを引き込んでいく。

大学生時代の親友が当時羨み、佐々木を巻き込み、お嬢様にドミノピザを食べたいという衝動を起こさせ、亜里沙にとうとう転職を決意させるほどのパワーが、「お耳に合いましたら」には秘められている。

どんな現状であれ、どんな日常であれ、ささやかでも何かを愛する、好きでいることの大切さ。「花を摘むように、ただ無邪気に」。たとえそれで傷つき、悲しみ、疲れきって火が消えてしまっても…、その当時は夢中になっていた、好きだったという事実まで無為になるわけではない。その「好き」との出会いは、新たな「好き」に出会うための必然だったのかもしれない。

続いていく人生の中で、「好き」との思いがけない遭遇、いつのまにか好きになっていた「好き」がまたきっとある。「好き」になる度に、じんわりと、何度でも気づくだろう。望むと望まざるとにかかわらず、そのときどきの自分にしかできない体当たりの経験を重ねながら、人生とはただ、そこにある喜びと幸福を味わっていくものなのだと。

オープニングとエンディングの歌、ダンスの締めが毎回良い。主演の伊藤万理華がはまり役。ともすればただのキモカワで終わってしまいそうな、美園の魅力を引き出す多才さが素晴らしい。オープニングの歌とジオラマで充分世界観が出来上がっており、個人的にはこれは期待大と引き込まれた。Spotifyとの連動が売りのようだが、ドラマ単体で見ても十分楽しめた。


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公式HP:https://www.tv-tokyo.co.jp/omimi/

番組名:「お耳に合いましたら。」(第12話)

オープニングテーマ:「Moonlight Magic」(花澤香菜)

エンディングテーマ:「東京マーブル」(にしな)

※上記情報は公式HPから引用しています。

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