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【ドラマ感想】珈琲いかがでしょう

「幸せを運ぶ珈琲物語」と聞いて、どんな話を想像するだろう。

移動販売の珈琲で、珈琲を飲みに来た人をじんわりと癒していく青山。来る者拒まず、去る者追わず。時間をかけて一杯ずつ丁寧に淹れていくその落ち着いたスタイルは、相手に向き合っているようで、自分に向き合っているようでもある。時代や大衆の求めに迎合せず、自分のスタイルを押し付けるわけでもなく、収益拡大を狙うわけでもない。何かを待っているようだが、何かを求めているわけではない。

優しい、イケメン、紳士、王子様、ケンカに強い…と、一見非の打ちどころのないスーパーマン振りである。しかし、何事にも動じないその落ち着きと強さの根底には、拭っても拭っても切れない過去があり、さながら珈琲滓のように黒くべったりとこびりついているのであった。

ほんわかした世界観で心温まる一話完結型ストーリーを期待して視聴すると、早々に脱落すること請け合いだ。まず1話に2エピソード詰めこむ作りが斬新というよりぶつ切り感が強く、入り込みづらい。そして番宣のイメージを大きく裏切る血なまぐさいシーンの連続に、耐えきれずドロップアウトした視聴者も多かったのではなかろうか。漫画的な内容で非常にコミカルではあるのだが、やはり23時台という放送時間がしっくりくる、ダーティーで苦みの強いドラマ。


・感じるということ。

青山にとって珈琲はただの泥水であって、それはそのまま青山の心身と人生を構成するものであった。そこには楽しみも喜びも、彩もない。自分の人生はその所業も含めて価値などないものであり、感じるという行為はむしろ邪魔だった。感情を麻痺させて心を殺し続ける青山にとって、珈琲は当然まずいものであり、まずい珈琲こそその生き方にふさわしいものだった。

しかし、たこ師匠との出会いで、青山は世の中にはおいしい珈琲もあるのだと気づく。完全に押しつぶしたはずの心の奥底で、ただ苦いだけで飲めたものではない滓のずっと奥で、微かな光を感じる自分に、気づいてしまったのだ。目が覚めるような、天啓の一杯。

そこから自分でもわけがわからずに、だがどうしようもなく、珈琲の奥深い世界に分け入っていく青山。おいしい珈琲を入れたい一心で珈琲の探求を進める行為は、そのまま自己探求と重なる。至高の一杯を入れるために最も大事なものは何か。青山に足りていない決定的なものは何か。

それは、日々、丁寧に味わって生きるということ。自分を大切にするということ。心と感情を蘇らせ、自分に対しても相手に対しても、ただ静かに思いやりを寄せるということ。それは人間の尊厳であり、愛そのものだった。

師匠と弟子の関係から徐々に心の交流を深めていき、青山が少しずつ変わっていくのがわかる。しかし、まだまだその過程にあってふんぎりをつけられないでいた青山は、たこ師匠に本質を突かれて受け止めきれない。愛への恐怖が先に立つ。結果、思いがけないタイミングでたこ師匠を失うことになり、後悔とその先への決意が胸に深く刻まれることになる。

血なまぐさいシーンの数々に耐え続け砂漠のように干上がっていた視聴者の心に、一滴ずつ、ゆっくりと、じっくりと。静かに深く染み入っていく、苦くてコクのある第6話の秀逸さ。見ている方も、まるで口の中に珈琲の複雑な味わいが広がってくるような錯覚に陥る。

・あちこちにある、ほろ苦さ。

各エピソードで登場人物の人生の転機、ほろ苦さが、青山の淹れる珈琲とともに描き出される。そこには良いも悪いもない。変わる者もいれば、変わらない者もいる。幸せの感じ方は人それぞれだ。

なかでも、青山の弟分で最初から最後まで重要人物として登場するぺいは、珈琲の苦みを受け入れられない人物として描かれる。地味に愚直にマイペースに、青山の珈琲を追い求める垣根とは対照的だ。初恋珈琲で初めての苦さが描かれるが、ぺいは青山からもらった甘い飴で、その苦さを中和する。

珈琲は別に、ミルク入りでも、シロップ入りでもいいのである。飲み方や味に正解はない。ただ、その苦さとどうやって付き合うのか、正面から向き合うことが大切なのだ。その過程で自分の好みや飲み方が変わることもあれば、新たな珈琲に出会うこともある。

苦そうな顔をして珈琲を口に含むぺい、しかし最終回では少しばかり嬉しそうな顔をして青山の傍らにいる様に、心が和む。

・10話まであっても良かったような。

青山の背景を知っていれば、ドラマ序盤の見方が随分変わってくるため、構成的にどうももったいないような感じがある。もう1回見直せばいいと言えばいいのだが、正直、テンポの悪さは否めない。また、青山が組を抜けた時の真相を描くぼっちゃん珈琲と暴力珈琲だったが、現在のぼっちゃんやぺいと垣根が絡むシーンのコミカルさとの差が激しいためか、現在のぼっちゃんの青山への執着にあまりリアリティが感じられなかった。(そこはあくまで漫画だと割り切れば、それはそれでも良い。)

たこ師匠の奥様と語らうポップ珈琲、その人生とすれ違いの重みゆえに感じる愛の深さ、最後青山の珈琲を飲むシーンは涙なしには見られない。

役者の演技力が光る良い作品だけに、もう少し冒険して10話に拡大していただいても良かったような気がする。一方、原作付きということで、その世界観を大切にするなら8話がちょうど良かったのかもしれない。個人的に、少々惜しいドラマ。

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公式HP:https://www.tv-tokyo.co.jp/coffee_ikaga/

番組名:「珈琲いかがでしょう」(全8話)

※上記情報は公式HPから引用しています。

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