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隻腕のおじさん

私が小さかった頃、お地蔵さんの前にときどきもの売りのおじさんがやってきた。
おじさんには片方の腕が無かった。
おじさんは常に黄土色のシャツを着ていたが、肩から先が無いため、シャツの袖はいつもヒラヒラとしていた。
おじさんはどこからともなくやってくると、地蔵堂と背中合わせになる位置に小さな腰掛けを置いて、平たい木箱に売りものを並べた。
おじさんは色んなものを売った。ヒヨコだったり玩具だったり、おじさんが出店するともれなく私は祖父と一緒に見に行った。今日は何を持ってきたのかな!とワクワクしながら。

おじさんの腕が無いことを、当時の私はまったく気に留めていなかった。
でもあるとき祖母が、
「あの人は戦争に行ってきゃはったさかい……」
と呟くように教えてくれた。
そう、おじさんは兵隊さんだったのだ。
おじさんは戦争で腕を失くしていたのだった。
当時は第二次世界大戦の終戦から30年弱。
傷痍軍人の姿がまだまだ身近に見られた時代だった。

ちなみに、おじさんからの購入履歴の中で特筆すべきは、なんと言ってもヒヨコだろう。
二羽買い求め、祖父がニワトリまで育て上げた。

やがて時代は進み、わが町にも近代化の波は押し寄せ、いつしかおじさんの姿を見ることもなくなってしまったけれど、どこかで元気に過ごされただろうか。恩給もちゃんと受け取ったかな。
今でもたまに思い出す、おじさんの面影と、肩でヒラヒラ揺れていた黄土色のシャツの袖。
今日は終戦記念日。

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