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和心(わこ)へ

 “わこちゃん、おかえりなさい!
 仕事で遅くなりそうだから、
 おやつにクッキー食べて、待っていてね! (今日の学校はどうだったかな〜?)   
 大好きだよ♡ママより”


 小学一年生は帰宅が早い。
 お姉ちゃんは4年生で15時半すぎに帰ってくるけれど、1年生の帰宅時間に私のパートの業務終了時間は間に合わない。学童保育へ通わせているが、週に一回は学童へは行かず自宅へ帰宅する。たまにはお家で過ごしたいらしい。
 私には更にその下に5歳の息子がいて、夕方保育園へお迎えに行き、その後の自宅は戦場である。
 3人育児は大変だけど、今しか味わえない幸せもたくさん溢れている。

 …そうなるはずだった。


 「お母さん、赤ちゃんも頑張ってるよ!もう少しだよ!」
 「出て来るよ〜!力入れてごらん。」
 「生まれたよー、おめでとう!!」


 あぁ、生まれたんだ。もう一緒じゃないんだ。
 ママはこの瞬間、嬉しさと悲しさ、寂しさと充実感で頭も心もぐちゃぐちゃでした。
 和心ちゃん、あなたはお腹の中で何を考え、何を感じていたのでしょう。
 お姉ちゃんが作った道をスルリと通り抜け、身体も傷付けず、とても穏やかな表情でママの腕の中へきてくれたのを覚えています。あの時の大きさ、重み。今まで我慢していた感情が心の奥底からぶわーっと湧き出し、妊娠してから初めて声を上げて泣きました。
 つわりに苦しみ、陣痛に耐え、妊娠期の辛いことも嬉しいことも、全て肯定できてしまうような産声のパワー。抱っこした時の温かなぬくもり。
 その産声が聴こえない静かな時間。
 和心ちゃんはどんな声をしていたの。


 妊娠初期に胎児水腫という病気を指摘され、徐々に羊水も少なくなり、明るい未来は無い、生きて産まれないとドクターに言われた時、あなたはお腹の中でどう思ったのか気になります。
 ママはね、『絶対大丈夫。この子は大丈夫。』と自分に言い聞かせていました。
 でも、やっぱりどこかで、いつか死んじゃうんだなってずーっと思っている。そう思ってしまう自分が嫌で、その気持ちを『大丈夫』で塗り潰し、弱気な自分を深く深く押し込めていきました。
 今思えば、もっと自分の感情を味わって周りに助けを求めても良かったよね。
 きっと和心ちゃんは気付いていたと思います。とても繊細で、愛情深く、ママのことも家族のことも見守っていてくれたから、ママの心境の揺らぎは敏感にキャッチしていたでしょう。

  お腹の中にあなたがいる、それだけでママは幸せでした。
 今を生きるということに、初めて真剣に向き合いました。
 消えゆく命の前では何も出来ないけれど、愛情、敬意、触れるということが、私が私でいる事を保ってくれました。


 今年の8月で7歳になっていたはずの和心。
 弟に負けないぐらいやんちゃで、怒鳴ったり歌ったり、ギャハハと笑ったりしていたんだろうな。
 帰宅後すぐに、ランドセルを放り投げて遊びに行くあなたを想像しては、優しい笑みがこぼれます。


 今日ママは仕事だから、置き手紙、テーブルの上に置いておくので読んでね。宿題もお便りも、きちんと出してから出かけるんだよ!










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