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【アラフォーぼっち】人生で一番高価な10秒間

人生の幸福度をUPするテクニックの一つに「Savoring(セイバリング)」というものがある。
過去の出来事の中で、自分がとても感動したことや、うれしかったことなど。とにかく自分にとってのいい経験を思い出し、その時のポジティブな出来事を"味わう"。その際に、できるだけ当時の気持ちや行動などを具体的に思い出し、脳内で追体験することが大切。そうすることで、幸福度があがる。

それを学んでから、自分が本当に落ち込んだ時、私が時々思い出す経験がある。
それは、時間にすると、ほんの数秒なのだけれど、間違いなく死ぬまで忘れ得ない。そして、その数秒に、私は13,000円を払っている。

その経験は、バンジージャンプ。

そう。私は、過去に一度バンジージャンプをしたことがある。
時間にすると、本当に数秒の話。熊本県・五木村にある「五木バンジー」で体験した。66mの高さを跳んだ。

それの一体何が、「自分にとってのいい経験」なの?

という、突っ込みを思わず入れたそこのあなた。
とにかく最後まで、この記事を読んでほしい。
私が思い出すのは、「経験」というよりも、自分の全身に深く刻み込まれた『感覚』なのだ。

本当に、バンジージャンプというのは不思議な時間だ。言葉で説明するのは非常に難しい。人によっても感覚は違うだろうから、私が感じたことと、他の人が感じたこともきっと異なるだろう。一緒にバンジージャンプに行った一人は、跳ぶ直前、恐ろしさのあまりに動けなくなっていた。
そりゃ、そうだ。と、思う。66mの高さって、まあ、高い。ビックリするほど高い。下に川があるのだけれど、跳び台から見下ろした時に、下で川遊びをしている人たちの小さいこと小さいこと。本当に、豆粒のような小ささ。

ただ、不思議なことに、私の場合は、一度跳んでしまうと怖くも何もなかった。跳ぶ直前、足が竦まなかったかと、尋ねられたら正直に「竦みかかった」と言おう。心臓がバクバクして、本当に口から跳びだすんじゃないかと思った。
また、跳び台のところは、金網のような作りになっていて、隙間から下を流れゆく川が見える。自分が立っている位置から眼下を流れる川までの距離に脚がちょっと震えた。
ただ、だからこそ、

あ、これ直ぐにいかないと、跳べなくなる……。

と、直感した。ジャンプまでの時間が長ければ長いほど、余計なことを頭で考えてしまって、動けなくなると思ったのだ。

だから、係の人が命綱をつけてくれて、ご自身のタイミングでいいですからね、と声をかけてくれた後、結構すぐに私は目前に広がる景色に飛び込んだ。

跳んだ瞬間、そして空中を飛んでいる間。
それは、自分の人生の中でもサイコーに心地よい時間だった。
正直、飛んでいる時間がいつまでも続いたらいいのに、と心のどこかで思っていた。それぐらい、私には気持ちよかった。

今でも鮮烈に思い起こされるのは、私の視界一杯に広がる空と山と川。
ちょっと曇り空で、時々雨がぱらつくような天気だったのだけれど、元来の晴れ女の面目躍如。私がバンジーをした時は、晴れ間が覗いていた。

自然の中に、自由に投げ出された感覚、とでも言えばいいのだろうか。
こんな時に、言葉は不自由だと思う。

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(私がバンジーをした場所。その日の写真)

うん。

心が自由に自然を飛んだ感覚。

こっちのほうがシックリする。
そう、物理的な何かを越えて、心が自由に羽ばたくような、そんな感じ。それと同時に、体が重力に従って落ちていく間、私は五感全部を総動員して、自分が感じ取っていることを全て記憶に留めようと必死だった。

目の前に広がる悠然とした自然の景色。
肌を触れる空気の感覚。
耳が聞く風の音。

自然は、やはり美しかった。

何もかもが一瞬。
けれど、何もかもが永遠のような、そんな不思議な感覚。
こんなに非現実で、贅沢な時間はなかった。

だからこそ、私は自分の心がネガティブな感情でどうしようもなくドロドロな時には、最終奥義としてこの時の経験を"味わう"
この時に全身で感じた自然のありようは、とても美しかった。
自分の心を浄化したくて、私はこの時の美しかった景色を思い出す。
ゆっくりと目を閉じて、呼吸を深めながら、空の群青、山の緑、川の青、風の音色、感じた空気を追体験する。
時には時間がかかるけれど、不思議なことに、そうすると心が自然と落ち着いてくる。

あなたにとってのすてきな経験は何ですか?
ぜひ、思い起こして、味わってみてください。

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