ボロット第三話「なにもなくもないのに」

窓から聞こえる音はその後も鳴り続けている。

その音は、やはり何かを僕に伝えたがっているとしか考えられない程度に熱意を持ち、大事だと主張するフレーズを繰り返しながら、しかし僕が言語として認識するには程遠い無機的で調和のないノイズでもあった。

この病室には時計がない。一体どのくらいの間、僕はその音を聞き、そこから得られる意味を探し続けているのかわからない。音は鳴り続けている。それは僕の耳を通じて、僕の頭の中で音として認識され、僕が思い出せる限りの過去のあらゆる記憶とのマッチングが行われたが、それの意味を理解することはできなかった。

意味を理解できないとなると、この音は僕にとっては単なるノイズであり、端的に言えば、「うるさい」、ということになる。

それは、アパートの上の住人だか隣の住人だかが、その生活音とも言うべき、神経に障る、音など立てなくても生活できるはずなのに立てる音、会ったことも話したこともない住人が一体何をやってこんなにうるさい音を僕に聞かせるのか、まさに騒音トラブルとも言うべき状況だとも言える。住人が、「今からジャンプします」、と言って立てる音であれば許せるのであるが、何も事前説明のない中でドタバタと立てる音は、その音が生じる理由について様々な想像を巡らしてしまう僕にとって、わざと音を立てて僕を苦しめようとしているのではないか、というシナリオを否定しきれずに、ついにはその見知らぬ住人を恨みに思って、いつその住人に仕返しをしてやろうか、仕返しは相手に気づかれぬようこっそりやらねばなどと、報復手段を僕に考えさせる、実に不健康な事態と言わざるを得ない。そう言うわけで、僕は今、その不健康な状態に移行しつつあると言えるわけだ。

この音の正体を突き止めないことには、もしくはこの音をなんとか止めないことには、何時間、何日間聞かされ続けているかわからないこの騒音で、僕の精神は狂ってしまう。

そう、僕がこの部屋で初めて発する言葉は、考えるまでもなく、

「うるせー!」

である。

「ピンポーン♪」

というリズムと共に、僕の放った「うるせー!」という言葉に呼応するように、その騒音でしかなかった音は、その軽快なリズムがスイッチとなったのか、静かになった。

これはコミュニケーションと言っていいのかも知れない。

その謎かけとも言える騒音に対して僕がした回答が正解であったのか、それとも、その、訴えかけるほど情熱を帯びつつ、全く意味をなさない騒音が本来持っていた意味に対して、僕の発した言葉がまさに偶然に意味ある回答と捉えられ、その結果として音が止まり、クイズへの回答が正解であったときに鳴る音が鳴るという一連のプロセスが滞りなく完了した、ということであろうか。

ともかくその窓から鳴る音は止まったのである。

僕の思い出せる記憶はここままで、今はまた、まさに今初めて目覚めたかのような態様で、僕はこの四角い病室で思考を始めたのである。

音は鳴っていない。

しかし目の前にあるこれはなんだろう?

その四角い、立方体状の白い箱は、角が鋭利で、直線、直角のみから成り、窓からの光でできる影のグラデーションがあまりに無機質で、人工的な様相で、僕の目の前に現れた。

その箱は、しかし、どうも何らかの目的を持って動いているようだ。

ゆっくりと、直線的に、僕に向かって近づいてくるのである。

その箱と僕のいる位置を定規で線を引っ張って作った道筋を、一定の速度で、僕に狙いをつけて進んでくる。それは非常に不気味な光景だった。

いよいよその箱が僕とぶつかる!

未知の物体が近づく恐怖を感じた時、そしてそれと僕が触れた時、そして僕はなぜその箱を避けるために必要な行動を取らなかったのかと疑問に感じた時、その瞬間にまた僕の記憶は途絶えたのだ。いや、正しく言えば、僕はまた新しく目覚めたのである。

つづく

ボロット第四話「試練」
https://note.com/bettergin/n/n69b386eaf928

ボロット物語 もくじ
https://note.com/bettergin/n/n7e1f02347fba

このお話の朗読動画もご覧ください!
https://youtu.be/E4yP9s8hyjI

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