見出し画像

2年間しかなった僕の頭髪人生。

Twitterでツーブロックが話題になっていたので、2年間しかなかった僕の頭髪人生を書こうと思います。

***

中学生時代

1989年4月、福島県福島市、僕は丸刈り校則の中学校に放り込まれました。

女子の頭髪も厳しく、髪は肩にかかってはいけないという校則だったので、全員、オカッパ頭 or 刈り上げという今では考えられない状態でした。

1990年、中学2年のわたくし

スキャン 23

茶髪にするわけでもなく、リーゼントにするわけでもなく、夏休みに少しだけ伸びた坊主頭に、コンビニで買ったハードジェルをつけて、ツンツン頭にして粋がった以外、髪型には何の思い出も残らない3年間を過ごしました。

※1992年に、丸刈り校則は廃止。


高校時代


3年間我慢した丸刈り時代からやっと開放された僕は、バンドの影響もあり、親の敵のように髪を伸ばし始めます。

1992年(5月) 高校1年生(アルバイト中)

画像2


1993年(10月) 高校2年生(修学旅行中)

画像4


1994年(5月) 高校3年生(お食事中)

画像4


1994年(6月)高校3年生

脱毛症発症。

頭髪が全て抜け落ちました。

スキャン 24


以上が僕の頭髪人生です。


髪は永遠のものではない。


中学時代3年間、丸刈り校則強制的に坊主頭にさせられ、高校で髪を伸ばしたが、2年後にハゲてしまいました。

現在44歳、今も当時のままツルッパゲです。

髪がある写真は、数えるほどしかありません。


ここまで読んで、いやいや、あなたは病気だから。。

と思う方もいるかもしれません。

しかし、それは違います。


確かに僕の場合は、脱毛症という病気で一気に髪の毛を失ってしまいましたが、20代前半からAGAと呼ばれる、抜け毛ハゲが始まる人は、少なくありません。

これは、ハゲ会をやっていて本当に感じたことです。

若ハゲと呼ばれる人達は、本当に多いのです。


あの時、あんな髪型にしてみたかった。

もっと、整髪料を使ってみたかった。

理容室という場所でいろいろなことをお願いしてみたかった。


ハゲてしまったら、その夢はもう叶いません。

そして、ハゲは、おっさんになってから来るものではありません。


ひょっとしたら来年ハゲるかもしれない。

抜けたら最後もう一生生えないかもしれない。

この髪の毛を、縛り付ける権利なんて、どこにあるのでしょうか。


僕が中学時代に味わった丸刈り校則然り。

とにかく、意味の無いルールは早く無くなってほしい。

10代の子達がやりたいことをもっと自由に表現させてあげてほしい。

と、こういう話題を聞くといつも強く思います。



はい。

という、2年間しか髪の毛で遊べなかったヘビメタギタリストのお話でした。


もう一度いいますよ。

髪は永遠のものではありません。

忘れないでください。


スキャン 111

卒業したらガンズ・アンド・ローゼズみたいになるんだ!と胸を踊らせていた、高校1年生の私

場所:八木山ベニーランドより。



いただいたサポートは、コンテンツ制作費用として使わせていただいております!是非サポートをお願いします!