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おれのなかに

この森にはたくさんの動物が住んでいる。

俺はトラ、この森の中で一番強いトラ。

今日も腹が減るから動物を襲って食べる。



「きょうもうまいめしをくったな。」


トラは満足して軽い足取りで走っていた。



機嫌よく走っていたら倒れている子ジカを見つけた。

「もうめしをくったしな…。」


トラは遠いところから見つめていた。



しばらく見つめていた。

するとトラは閃いた。

「こいつをそだてて おおきくなったらくってやろう。」


トラは子ジカに話しかけた。


「おまえ こんなところでねているのか。」


子ジカは怯えながらこう答えた。


「けがをして むれからはなれてしまったんです。」


トラは子ジカの腫れている足を見て、このまま倒れていると襲われてしまうと思った。


「おまえはなにをくうんだ。」


「わたしは はえているくさをたべます。」


トラは子ジカの話を聞くとそこから離れていった。


「きっとわたしはだれにもたすけてもらえないわ。」


子ジカはひとりぼっちになってしまった。




子ジカはガサガサという音を聞いた。

何かが迫ってくる気配を感じた。

もう殺されてしまうと思い絶望した。


「おいシカ くさをもってきてやったぞ。」


子ジカは驚いた。

眼の前には食べ切れないほどの草が山のように積まれていた。


「トラさん!ありがとう!」


子ジカは足を引きずりながら立ち上がり、お腹いっぱい草を食べた。


「ここはきけんだ おれのねどこにこい。」


子ジカは少し考えた。

もしかしたら食べられてしまう、と思った。

反対に、ついていったら生きられるかもしれない、とも思った。


「わかったわ、ついていきます。」


子ジカはトラについていくことにした。



「ここはあんぜんだ なによりおれはこのもりのなかでいちばんつよい。」


トラは横になって眠りにつこうとした。


「トラさん あなたはわたしをたべないの?」


子ジカは不思議そうに聞いた。

トラは言葉を詰まらせた。

少し後にこう言った。


「おまえはまずそうだからな。」


「トラさんは優しいのね あはは。」


子ジカは意外な答えになぜだか笑ってしまった。




それから日々は過ぎた。

森はだんだんと静かになり、色々な動物を見かけていたがそれもなくなってきた。

シカは暮らしやすそうだった、トラもシカの様子をずっと見ていた。

足はすっかり治り一緒に過ごすようになった。

毎日を穏やかに過ごしていた。

2匹はいつも一緒だ、離れることはほとんど無い。

子ジカも成長し大人ジカになった。

シカはトラと過ごすようになって、走るのが好きになった。


「トラさんはあしがはやいのに わたしとはしるときはいつもよりゆっくりなのね。」


「おれは ほんとうは ゆっくりはしるのがすきなんだ。」


トラはシカと走っていた。

すると、森を抜けたところに花畑が広がっていた。

真ん中には大きな木が立っていた。


「こんなところがあったのね。」


「おれもしらなかった」


トラとシカはその風景に見とれていた。


「トラさんとであわなかったら このけしきをみることはできなかったわ。」


トラは穏やかな気持になった。


「おれもおまえとであわなかったら はななんてきれいだとおもわなかった。」


「トラさんはふしぎなトラなのね。」


シカの言葉を聞いてトラは思い出した。

本当はこのシカを育てて食べようとしたことを。

でも、トラはなぜだか複雑な気持になった。


「おもいっきりはしりたくなった おまえはここにいろ。またもどってくる。」


トラは颯爽と立ち去った。




本当は、トラは知っていた。


最近、この森の動物が減ってきていて食べ物が不足していることを。

いつも腹が減っていた。

しかし、トラはシカを食べなかった。

その理由はよくわからない。

でも、腹が減る。

シカはまずそうだから食べない。

でも、腹が減る。


トラは薄々気づいていた、シカが大切な存在になっていることを。

どれだけ走っても腹が減る、走っているから腹が減るのか。


今日も食べられないかもしれない。





トラは走り疲れたのでシカのところに戻っていった。

遠くからシカが見えた。

トラは安心した。

しかし、なぜだか他のトラの鳴き声も聞こえ不穏な空気だった。



「おいシカ!」


「トラさん!」



シカがこちらに走ってきた。

後ろから5頭のトラが追いかけてきている。

なんとかシカはトラのところへ間に合った。

トラは唸った。


「このシカはおれのものだぞ。」



「そんなのはしらねぇ」


「おれたちによこせ」


「はらがへってしかたない」


「ひとりじめするきか」



すると最後のトラがこう言った。



「おまえはなんでエサといるんだ」



この言葉を聞いてトラは大きな怒りがこみ上げてきた。


「うるせぇ!」


トラは5頭のトラに向かって飛びかかった。

シカは初めて毛が逆だっているトラを見た。

いつも穏やかなトラが爪と目をギラギラ光らせている。

シカは少し離れたところまで走っていった。



シカは遠くから闘っているトラを見守っていた。

本当は、シカは知っていた。

最近、他の動物を見かけない。

トラはずっとお腹をすかせて疲れていることを。

なのに、シカを食べない。

いつ食べられるんだろう。

でも、トラは優しくこう言う。


「おまえはまずそうだ。」


あなたは優しいから。




徐々にこちらへトラの群衆が迫ってくる。

トラの前から後ろから、右から左から、四方八方から襲われる。

トラは必死に闘っている。

トラの死角から敵のトラが襲おうとしている。

しかしそのことに気づいていない。

シカは体が勝手に動いて、トラに習った足さばきでトラの群衆に向かっていった。



「あぶない!」



シカは身代わりになってトラを庇った。


トラ達は一斉に立ち止まり、血まみれに横たわっているシカを見つめた。


「ばかだな」


「こんなやつのために」


「うまそうだな」


トラの群衆が次々とシカを食べようとしている。



それを見たトラは渾身の一撃を群衆の一匹に喰らわせてやった。

トラは怒りで我を忘れて次々と群衆を仕留めていった。

そこには逃げていくトラ、動かなくなったトラ、いろんなトラがいる。




その中で横たわっているシカが1匹。




トラは疲れ切って意識が朦朧としていた。

シカと一緒に横たわった。

穏やかで美しい花畑で2匹。




トラはどっとくる疲れの中考えた。

シカはもう息をしていない。


泉で水を飲むことも、話すことも、美しい景色の中で過ごすことも、一緒に走ることもできない。


それと同時にシカと共に過ごすことになった最初の理由も思い出した。



「こいつをくうためか。」




トラは細々とつぶやき、シカに口をつけた。



「やっぱりまずいじゃねぇか。」


トラはいつものようには貪らなかった。


ゆっくりと味わって食べた。


しょっぱい味がした。






この森には一匹の動物が住んでいる。

それはトラ、世界の中で1番心優しい動物。

今日も体と心の中にいるシカのことを思って生きていく。








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