雑記2024/7/6 「最近読んだ本」

最近読んだ本と思ったことを書きます。レビューや要約では無いです。




ピアノを弾く哲学者(フランソワ・ヌーデルマン )

ピアノを弾いていた哲学者たちについて、フランス現代思想を足掛かりに論じる本。

むじくてわかんねかった部分は多いけど、バルトの章が特に好き。

自分で《演奏したあとで》その自分を聴くとき-自身の犯したあやまちをひとつひとつ聞き取ってゆく冷静な最初の時間が過ぎたあと-一種、珍しい偶発的一致がおこる。私の演奏という過去と、私の聴き取りという現在のあいだに、偶発的一致が生じるのだ。そしてその一致のなかで、注釈が無効化する。あとには、音楽だけが残る。

本書p165 (『彼自身によるロラン・バルト』の引用)

バルトによる文章の引用なんだけどこれすごいな。
譜面が一通り入って弾き通せるようになっても残るもどかしさ。これは、技術的制約に従ったセルフツッコミのようなものが頭を支配しているせいだということ。そして、録音を繰り返し聴くことはその違和感への馴化の意味があり、そこを通過することで技術ではない本質が浮かび上がるということ。

演奏することと聴くことを結びつける論としての説得力に驚く。原著の方で自ら出会いたかった一節だったとまで感じた。


しあわせの理由(グレッグ・イーガン)

SF短編集。

『闇の中へ』が好き。
前に進むしかないというクラッシュバンティクー的な舞台を、時間の矢の一方向性を空間にねじ込むことで顕現させるのはテクニカルすぎる。さらに、”確率”は今この瞬間の個別的体験にとって無意味だという要素も追加して、人生を象徴させている。
想像すると恐ろしい舞台設定なのに、テーマは前向きな人生観だから、物語として爽快に仕上がっているのが素晴らしい。


宅間守 精神鑑定書(岡江晃)

元死刑囚、宅間守の精神鑑定書がほぼそのまま収載されている。精神鑑定書は基本的に保護された情報であるので異例の本である。

統合失調症の鑑別は一つ重要で、過去から現在まで丁寧に検討されている。特にも、視線への過敏さをどう解釈するかについてなどは読み応えがある。
数年前、西で起こった事件の裁判も続いているところだ。「裁判例検索」から判決書も読めるようになっていたのでゆっくり読み進めている。


清少納言がみていた宇宙と、わたしたちのみている宇宙は同じなのか?(池内了)

天文学の研究を続け、後年は技術社会論のような分野にも取り組んだ著者によるエッセイ。科学技術、和歌、語源など様々な蘊蓄が繰り広げられる。

それらはあくまで博物学的な陳列をなされ、著者は必要以上に線で結ぼうとはしない。自然科学の側、人文知の側に他方を包摂してしまうことはなく、ただただ接近させてみせる。ボリュームはあれど淡白で軽妙で、垢抜けた本であった。


症例でわかる精神病理学(松本卓也)

精神病理学の入門書。哲学思想の参照も最低限で読みやすい。

ここ数十年、精神病理学の立場は率直に言って生物学的精神医学に引けを取っているのだろう。ただ、この分野に蓄積された仮説は概ね構造的、言語的に症状を捉えようとするものであり、そこには現代だから検証可能になっているものが溢れているのでは?と思った。
computationalなアプローチを引き連れて、精神病理学が復権する未来を夢想したくなる。

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