2023/02/12


 真夜中の湾岸。今夜はセックスもマリファナも無し。湾岸の合流でその速度を保ったまま張ってきたミニバンの後ろにぴったりくっ付く黒のSUV。それを運転するのがヒカル。彼の両親が宇多田ヒカルからとったその名前。その助手席にいるのが私。最初の彼氏の名前がヒカル。後部座席の女が最近までデートをしていた男の名前がヒカル。あ、タクミかも。知らねえ。その隣の男の好きな女が池袋ウエストゲートパークのヒカル。車内には宇多田ヒカルのtraveling。あのイントロを聴いて思い出す夜遊びがもう大人の私たちにはたしかにあって。窓を たしかに愛した人がいて、愛されもして。下げて てへりんこ、助手席の窓を下げて顔を出したんだ。バリバリと音を立て高速道路を剥がしながら走る大型トラックを見上げると、どうしてあんなにも、この湾岸が、この夜が、私たちだけのものの様に感じるのかしら。それは、見上げた大型トラックがあまりにも大きくて、食べられちゃいそうで怖くって、怒っているような大きな音がして、あまりにも。だから、そうなの。急にヒカルが大きくトラックに幅寄せする。それはまるで子犬が懐いているかのようだ。SUVのお尻は大きく揺れて、私の上半身はそのまま放り出されそうになる。運転手のヒカルは笑って、後ろにいる別のヒカルは慌てて私の事を掴み、もう一人のヒカルはヒカルを掴んだヒカルを掴んで、ヒカルのことを叱った。どうか、お願い。写真を撮って欲しい。私たちの写真を撮って欲しい。だって私もあの娘にヒカルと名付けようとしたことがあるんだった。



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