2023/09/21



このひと月は保育園探しに職探し。それと元夫との離婚協議。何から手をつけていいか分からず、吐いたはずの息に窒息してしまいそうだった。役所の子ども施設課で泣いて騒いで呼ばれた警備員。"大卒だからって偉そうによ" なんとなく一度は言ってみたかった台詞を言ってみた。こんなんだからこの女は離婚するんだと思われたに違いない。挙句の果てには、"そこのゴミ箱蹴って差し上げましょうか" この女はこの後どうやってどのように家路に着く事が出来るのであろうか。そう思われても仕方がない。役所を出たあとは娘をバギーに乗せガラガラと押しながら駅ビルのケーキ屋さんでシューアイス眺めた。涼しいそうで可愛いね。見える?抱っこしよっか。キャキャキャ。片っ端から保育園に電話をかけ、どこの園も大体同じ。この時期に片っ端から保育園に電話をかけてる母親たちも私と大体同じ。電話をしながら取っていたメモがアンパンマンの落書きに変わっていく。それを娘に見せて、キャキャキャ。キャキャキャ。キャキャキャ。元夫との離婚協議。敬語になったやり取り。連絡を開く前に携帯を冷蔵庫でしばらく冷やしたりした。冷えた携帯はすぐに熱を持つ。両手で持って直立不動で返した。打った。送った。"また連絡します" "はい。よろしくお願いします" 終わると吐いた。社会人経験の無い私のスカスカの履歴書。扶養家族数にはあの子と同じくらいの小さなマルが。それ見てブルったぜ。娘を寝かせてからのコメダ珈琲での面接。父親ほどの年齢の人事のおじさん。眼鏡を外したのはシングルマザーを舐め腐ったサインか否か。"今度、食事でもしますか" 律儀に出された豆を食った。履歴書の文字が滲んで勝手に逃げ出していく。キャキャキャ。今度は幼い頃の私が騒ぎ出す。寝かせてきた娘がお昼寝から起き出してくる頃、ベビーベッドの側では私の祖母が、老婆の形をした乳母が大切な赤ん坊を守っている。私もそこに並んで、そのうち私の母が帰ってくる。ゆりかごに三世代の女が集まって、交互に揺らす。宝を。あの娘を。庭の芝生を裸足で歩く。私はそれでも結構しっかりはしていたのだ。これまでの人生で最もしっかりしていた。すべての歯車が少しずつ噛み合い始め、速度を持ち始め、小気味の良い音を立てた時、私、初めて泣いたわ。眠る娘の手を握りながら、おいおいと、激しい慟哭を、静かに何度も飲み込んでは泣いたのよ。疲れたよ。怖かった。疲れて、怖くて、疲れたのよ。ほら、涙こんなに熱いのよ。涙もきっと怒ってる。エアコンの風、ちょっと寒いね。もう秋だもの。トラックで運ばれてきた段ボールに入った荷物たちは居心地悪そうにグランドピアノの下。てめえで出てこいよと足で蹴り飛ばす。そしてまた泣いたのよ。住み慣れた部屋がよそよそしく感じる。獣のように身体を壁に擦り付けながら進む。随分遠いところからこれまた知らないところに来てしまったような気がして、そうゆうの、もう良いよ。離婚届出すとき私は泣くのかな。そうゆうのももう要らないよ。急に昔のことを思い出した。横浜の始発待ちのカラオケ。酔い潰れたみんなの顔をミラーボールが水鏡柱のように照らしていく。誰も歌う気配の無いtofubeatsの衣替えのイントロがこぼれ落ちていく。歌ってみる。"楽しい想像をしようと" 歌ってみる。"素敵な景色を見よう" "大事にしていた思い出も今ではすっかり分からない" 歌ってみる。歌ってみた。うるさいと言われ、笑う。昔の私、よく笑う。そのままふらっと、非常階段までミュールを突っかけて6歩ほど。重たい扉を開けて、横浜駅を裏から見て。ただ何となく、この人生、この人生の限り全部しようと決めたのだった。誰もしたことないことはしなくていい。その代わり誰かがしたことあることは全部しよう。そう決めて、今、わたし、今日も。今日も。シン・てへりんこ ヴィヴァ・ラ・ヴィダ。保育園と仕事が無事に決まって、ビールを飲みすぎた日。娘と風と雨の中、ちょっと外に出て、小さなカエルを見たんだよ。

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