2023/01/21


 男と手を繋いで男に手を引かれたままそのまま一緒に走るみたいな、そんな田舎臭い思い出などてへりんこにはひとつも無いね。どこからか音楽が流れてきて、裸足で芝生の上を、脱げたミュールを右手の小指に引っ掛けアスファルトの上を、安いお酒、たくさん、浴びるように飲む約束だったこの先の予定が、気付いたら一緒に熱いシャワー、浴びてたね。うちら。みたいな、そんな思い出はひとつも無いね。淡い花びら、肩に積もる。無いね。そんなこと、起きない。淡い花びらなんぞ見たことない。好きな花、無い。無論肩にも積もらない。肩に積もるほど同じ場所に立ち止まったこと、無い。男と手を繋いで走ったことない。無い。音楽、どこからも流れてこない。こない。歪んだ背骨まで小指を滑らせていた。それはある。本当に側湾症を患ってはいるから。あるな。それはある。湿気が多いとシクシク軋んで痒むからから小指で掻いたことがある。渋谷センター街のバーガーキングの二階でメッカで撮ったプリクラを切ってたら椅子が飛んできたこともある。かすった。肩を。椅子は物凄い音を立てた。てへりんこの心は静かに止まる。ガキすぎる頃のちょっと背伸びした話、そうゆうのはある。ある。あるな。ありすぎるほどあるな。でも、男に名前を呼ばれて急に手を引かれて、そのまま手を繋いだまま一緒に走ったことなんか無い。走りながら暴れる二人の手は力を増していき、速度が二人の手を引き離そうとすればするほど強く固く握られていくはずだよね。てか、そんなに走るのか。ニーナ、誰のもん。俺のもん。そんな言葉がわざわざ要らなかったりするのかな。必要なのは、名前を呼ぶ声と、音楽と、手を引いて、何処まで連れて行ってくれるのか。美容院。お前ちょっと髪切ってこい。知らないなそんなことは。赤ちゃんが泣いている。今日もてへりんこの赤ちゃんはたくさん泣いている。そのことだけはよく知ってるな。こんなに毎日たくさん泣いて、てへりんこの事をそろそろ嫌いになるんじゃないかな。てへりんこ達もよく手を繋いでる。娘と手を繋いだことある。重ね合う唇に愛が溢れる。ある。愛が溢れたこと、ある。世界が切なすぎた日に、乾いたくるぶしだけ撫でて息を止めた。無い。てへりんこが息を止めたら、この娘、きっと哀しむからそんなことをしたことない。この娘に間違ったことを教える大人が居なくなってしまう。くるぶし、撫でない。この娘が生まれてから自分に触れなくなった。娘が床に吐いたミルクに滑って床に転んだ。床は冷たくて埃はない。あ、てへりんこが毎日床掃除頑張っているからだった。思い出した。てへりんこはうつ伏せが好き。好きな男は仰向けが好きだったこと。だからてへりんこはよく膨らんだり凹んだりするお腹を見ていたこと。無限に繰り返されるその動きは彼の生命を紡いでいく。シーツにも耳を澄ますことは出来る。シーツに耳を澄ますと、教えてくれる。明日のお天気を。そんなことを思い出した。てへりんこは娘の吐いたミルクを拭く。甘い運命に溺れましょう。この娘がいるという甘い運命。重ね合う唇に愛が溢れるって。甘い花びら肩に積もるって。そうかもね。あの娘とのことならそうかもね。ソファに座っていた娘はてへりんこの頭の上に足を乗せてきた。そんなことは今までなかった。床を拭いて、頭に足が乗ったこと。王様にいじめられている気持ち。私、乗せてきた。足を、人の頭に。踏み躙ったこともある。この足で、人の気持ちを、人を。男と手を繋いで男に手を引かれたまま一緒に走るみたいな、そんな田舎臭い思い出などてへりんこにはひとつも無い。UAの甘い運命、どこからも流れてこない。てへりんこ、この娘、てへりんこの可愛い赤ちゃんが、てへりんこの頭に足を乗せたまま、ぶりぶりぶりとうんちして、笑ってたことならある。大切なもの、出来たことある。その為に何でもしよう、そう思ったこと、ある。バーガーキングで椅子が飛んできたことがある。してもらって当たり前と思って来た。この世の中で一番なんか決めたことがない。一番好きなもの、場所、こと、決めたことがない。一番が一番最初に手に入ると思っていたから。今日、頭の上に娘の足が乗りました。小さなあんよが二つ並んで二匹の芋虫。ママの頭をタンテに見立ててトゥクトゥン。それでは聴いてください。UAで甘い運命。

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