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ヒリヒリ求ム

 寝坊した。17時に家を出ればギリギリ間に合うので時間帯を考えれば寝坊などするわけはない。そもそも正確には寝坊ではない。

 16時半に目が覚めて、繁忙期の厳しい連勤も後2日で終わりだ、と心身を奮い立たせようと卵かけ御飯をかっこみ、コーヒーをしばいた。コーヒーを2杯飲み終えて、ぼちぼちだなと時計をチラと見ると17時5分である。困った。

 普段であればなんの躊躇いもなく管理者に電話をかけ「腹痛が痛くて〜、ヴッ、グウウ」などと渾身の演技をしてみせる。サボる者から管理者への最大の礼儀である。
 
 ところが今日は我ながら奇抜なマインドをしていたようだ。3杯目のコーヒーを注ぎ、携帯で最寄駅から職場までの電車乗り換えを調べる。そこには乗り換え5回の2時間半、1300円と表示されている。確かにこの通りに行けば、いつもと変わらぬかちょっと遅いくらいの時間に着くが、さすがに面食らってしまった。遠方手当が出るほどの距離で、バスに乗って混雑などなく快調に進んだとて2時間はかかるのだ、薄々分かってはいた。

 3杯目のコーヒーを飲み干すと、僕は腹を決めて支度を済ませ家を出た。サボることに人並み以下の罪悪感は感じる、程度の人間である。そうでなくとも遠方手当が相殺されかねない金額を出して乗り換えを5回して2時間半も帰宅ラッシュの電車に揺られてまで働くというのは利口ではない。
 ならばなぜ利口でないと自覚しながらも、クソ重たいクソ腰を上げて出勤することにしたのかといえば、ヒリヒリしたかったというに尽きる。敗北を知りたいという願望から東京に集った死刑囚たちと同じ気持ちである。

 たまにはクソと思いながら非効率的なことをやることがあってもいいのだ、それが年末となっては尚更である。強いて他に理由を上げるとすれば、間に合わないことに気がつきサボりを匂わす発言をしたときの祖母の視線である。3ヶ月の入院から帰ってきたら初孫が相変わらずバイトをサボろうとしている、そんなときに向ける目は、鋭く冷たく、孫にグサリと刺さる。これもヒリヒリの一種ではあるが、まだ足りない。

 自転車を走らせて5分ほどで最寄駅に着き、手持ちの金がないのでコンビニに寄りATMの前に立つ。キャッシュカードを入れて、暗証番号を入力。金額を入力。イチ、ゼロゼロゼロゼロ、¥、確認。
 「残高が足りません。もう一度最初からやり直してください」と表示されてカードが戻ってくる。おかしい。

 もう一度カードを入れて初めからやり直すのが面倒くさく、手っ取り早く残高を確認するため、銀行口座のアプリを開く。すると衝撃的なカタカナ5文字が目に飛び込んできて、一時失明する。視力が回復して、確認のためにもう一度薄目で見てみると、たしかに表示されている。

12/20(月)サシオサエ

 持ち前の図太さでデンと構えていたものの、孔雀の飾り羽かな、みたいな色とりどりの催促状やら督促状やらが届いていたのを知っている。たまに開封して読んでもいたが、知っていることしか書いていないので何も驚くことはなく放っておいたわけだが、ついにやられたのだ。おそらく以前住んでいた区の住民税だろう。

 今のこの感情を腹で熱エネルギーに変換して、〇〇区方面へ怪光線を放ち消滅させて東京22区に改変してやろうと思ったが、知り合いがいることもあって思いとどまり、そもそもそんな力があればもっと有効に活用している。

 ヒリヒリだぜ。今日のところは家へ自転車を走らせることにした。

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