バカの花の咲く頃          ~「N」電話を学ぶ~

 自分が入社したその当時、自分を含め、報道には4人「ワタナベ」がいた。そのため必然的に、局内では下の名前でみんな呼び合うようになる。
ベテランの報道デスク、ワタナベ「カズヒコ」さんも多聞に漏れず。
そのワタナベ「カズヒコ」さん宛てに外部から電話がかかってきた。

その電話を受けた新人同期が「あ、ワタナベさんですか。ワタナベさんは今、席を外しています」と答える。
受話器を置いた瞬間、周囲から「外部から身内への電話は呼び捨てだろうが!」「常識だろう」と叱責される。

その様子を遠目で眺めながら、小さく頷いていたのが我々と同じ新人の「N」である。
何やらNには
「呼び捨て」「身内」
それらのワードに何やら感じるものがあったようである。

その直後にかかってきた電話。
Nは「オレが手本を見せてやる」とばかりにすぐに受話器を取った。
またもやワタナベカズヒコさん宛ての電話だった。
Nはやや尊大な口調で言った。

「カズヒコは今席を外しています」
 
そっちか~い。

大概の事件や災害に対し、冷静沈着に対応してきた報道局が、3階フロア全体で「だっふんだ」状態で底抜けで崩れ落ち、2階スポーツ局フロアにアスベスト被害(?)をもたらしたのは詰まるところ、我々報道局ではなくN個人だったのである。

「『カズヒコ』は今席を外しています」
確かに「身内」である。そして「呼び捨て」でもある。

Nothing to say.

一瞬のカオスから顔を上げ、人々はまた何事も無かったかのように、いや、むしろ忘れたいがために、みな顔を上げ、我々新入社員と目を合わせないように、無理にでも前より熱心に仕事に集中していた姿が痛々しかった。

これもまた、Nという同期が引き起こしたことではあるが、ワタナベは「たまたまワタナベカズヒコさんと同姓だった」という以外には何の責任も無いのである。


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