派遣労働者による情報の流出

一 はじめに


 派遣労働者に行わせることができる業務の範囲が拡大するようになると、派遣先が派遣労働者にその保有する営業秘密(顧客データ等)を示して特定の業務を行わせる機会も増えてくる。

 そのようにして派遣先から直接その営業秘密を示された派遣労働者がこれを自己使用しまたは第三者に漏洩した場合、当該派遣労働者ないし派遣元事業者はどのような責任を負うのだろうか。

二 詐欺等行為や管理侵害行為等を伴わない営業秘密の不正使用・開示


 不正競争防止法は、2条1項4号乃至10号において、営業秘密に関する一定の行為を不正競争行為とし、21条1項1号乃至9号において、営業秘密に関する一定の行為を不正競争防止法違反行為としている。

 そのうち、営業秘密の使用または第三者への開示については、その営業秘密の取得態様によって、大きく以下の通りに分類することができる。

① 自らの不正行為(詐欺等行為や管理侵害行為等)による取得

② 営業秘密保有者から示されての取得

③ 第三者による違法な取得・開示を介在する取得

 このうち、営業秘密保有者から示されて営業秘密を取得した者については、「不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為」が不正競争行為とされている(2条1項7号)。ただし、営業秘密保有者からその営業秘密を示された者において何らかの秘密保持義務が設定されていなければ、秘密管理性の要件が失われる。

 また、営業秘密保有者から示されて営業秘密を取得した者による当該営業秘密の使用・開示が不正競争防止法違反となるのは、

① その営業秘密の管理に係る任務に背いて21条1項3号イからハまでに掲げる方法により領得した営業秘密を、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、使用し又は開示した場合(21条1項4号)、

② 営業秘密を営業秘密保有者から示されたその役員又は従業者であって、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密の管理に係る任務に背き、その営業秘密を使用し、又は開示した場合(21条1項5号)、

③ 営業秘密を営業秘密保有者から示されたその役員又は従業者であった者であって、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その在職中に、その営業秘密の管理に係る任務に背いてその営業秘密の開示の申込みをし、又はその営業秘密の使用若しくは開示について請託を受けて、その営業秘密をその職を退いた後に使用し、又は開示した場合(21条1項6号)

に限られている。

 直接雇用の場合、雇用主と被用者との間で締結される雇用契約、あるいは雇用主が定める就業規則において秘密保持義務に関する規定が置かれるのが通例であるが、そのような明示的な規定がなかったとしても、雇用契約に附随する信義則上の義務として秘密保持義務が認められるとするのが通説であり、下級審裁判例もこれを支持している。

 ただし、何をもって営業秘密とするかについて、個々の秘密情報の記録媒体等に明確な表示をしない場合、営業秘密かどうかを判別する要素を雇用契約や就業規則等に明記した上で、これを周知徹底させることが必要である。

三 派遣労働者の地位


 労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律(労働者派遣業法)2条1号によれば、労働者派遣とは、「自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、かつ、他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させることをいい、当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするものを含まないものとする」。そして、同2号によれば、「事業主が雇用する労働者であつて、労働者派遣の対象となるものをいう」。

 労働者派遣においては、派遣先は派遣元事業者と労働者派遣契約を締結し、派遣労働者との関係は、派遣元事業者が雇用契約を締結するに留まる。派遣先は、派遣労働者との間では何の契約関係も有しない。

 すなわち、労働者派遣においては、派遣元事業主は、派遣労働者との間の雇用契約に基づき、その有する指揮命令権限を派遣先に行使させ、その労働の成果を派遣先に直接帰属させているに留まる。したがって、派遣元は、派遣元事業主が雇用契約により派遣労働者に対して取得した指揮命令権限を越えて、派遣労働者に対し指揮命令権限を行使することはできない。また、派遣先は派遣労働者に対して直接の債権債務を有していないので、派遣労働者が派遣先の指揮命令に従わなかったとしても、派遣労働者に対し直接その履行を強制しまたは債務不履行責任を問うことはできない。

四 派遣労働者の秘密保持義務

1 特段の取り決め等がない場合

 では、派遣労働者は、派遣先からその営業秘密の開示を受けたときに、当然に秘密保持義務を負うのだろうか。上記の通り、派遣先と派遣労働者との間には 雇用契約その他の契約関係が締結されていない。したがって、雇用契約に付随する義務として秘密保持義務を観念することができない。

 また、労働者派遣法24条の4前段に「派遣元事業主及びその代理人、使用人その他の従業者は、正当な理由がある場合でなければ、その業務上取り扱つたことについて知り得た秘密を他に漏らしてはならない。」との定めがあることをもって、派遣労働者には派遣先の営業秘密を遵守する義務があるとする見解がある〈注1〉〈注2〉。しかし、労働者派遣法は、派遣労働者、派遣元事業者、派遣先の三者間の法律関係を定める法律であり、派遣労働者と派遣元事業者とは利害が対立する関係に立つから、「派遣元事業主及びその代理人、使用人その他の従業者」に当該派遣元事業者に雇用された派遣労働者を含める解釈には無理があるといわざるを得ない。

 さらにいえば、平成11年5月12日に行われた衆議院労働委員会において、「そのときに、条文としては、『その業務上取り扱つたことについて知り得た秘密』という書き方をしているわけですね。業務上取り扱ったことについて知り得た秘密というのは何なんですか。」との質問に対し、渡邊信・労働省職業安定局長(当時)は、「秘密漏えい等に関して言われます秘密の概念ですが、これにつきましては、一般に知られていない事実で、他人に知られないことについて本人が相当の利益を有すると客観的に認められる事実、一般的にはこういうふうに解されているのではないかと思います。極端な例ですが、自分には幾ら幾ら借金があるのでどうしても働きたいんだというふうなときに、そういったものを外に漏らすということは明らかに秘密の漏えいになるというふうに思います。ただ、今回の改正は、労働者の個人情報の保護、プライバシーの保護ということに大変力点を置いて改正を行いたいと考えておりますので、通常の秘密を漏らすという場合の秘密よりもむしろ範囲は広目に解すべきではないか、労働者のプライバシーの保護に十全を期すべきであるというふうに考えていますので、具体的な範囲等につきましては、法律が成立いたしますと、いろいろな関係審議会などの意見等も聞きながら、客観的にわかりやすいもの、そういった解釈を示したいというふうに思います。」と答えており、爾後、同条の「秘密」とは、「個々の派遣労働者(雇用することを予定するものを含む。)及び派遣先に関する個人情報をいい、私生活に関するものに限られない」 と解されている〈注3〉。このような立法経緯からすれば、同条の「秘密」に派遣先の営業秘密を含めた上で、派遣労働者にその秘密保持義務を負わせることには無理があるといえよう 〈注4〉。

 したがって、派遣先がその保有する営業秘密を漫然と派遣労働者に開示した場合、当該派遣労働者は当該情報について秘密保持義務を負わないから、秘密管理性を喪失することとなろう。すなわち、この場合、派遣先から示された営業秘密を派遣労働者が自ら使用し又は第三者に開示したとしても、不正競争行為には当たらないし、不正競争防止法違反の罪に問われることもないということとなる。

2 労働者派遣契約において秘密保持条項を組み入れた場合

 では、派遣元事業者と派遣先との間の労働者派遣契約において派遣労働者が派遣先から営業秘密として示された情報について秘密情報として管理させることを派遣元事業者の義務として規定した場合はどうなるだろうか。

 派遣元事業者が派遣先との契約上の義務としてそのような義務を負ったに過ぎない場合には、派遣労働者自体は、派遣先から示された情報を秘密情報として管理する義務を当然に負うことにはならない。したがって、そのような場合には、派遣先が万全と派遣事業者に示した情報については秘密管理性が喪失してしまうというべきである〈注5〉 。


3 労働者派遣契約において秘密条項が組み入れられた上にさらに派遣元事業者と派遣労働者との間の雇用契約等において秘密保持義務が組み入れ組み入れられた場合

 派遣元事業者と派遣労働者との間の雇用契約において派遣先から開示を受けた秘密情報に関する秘密保持契約秘密保持条項が挿入される場合がしばしばある。また、派遣元事業者において制定する派遣労働者に係る就業規則等において、派遣先で開示を受けた秘密情報についての守秘義務条項等を置く場合がしばしばある(厚生労働省がWebサイト上で提供している「派遣元事業者のための就業規則の作成のポイント」 〈注6〉においても、就業規則において守秘義務や秘密保持義務を組み入れる場合の例文が掲載されている。)。

 労働者派遣契約において秘密条項が組み入れられた上にさらに派遣元事業者と派遣労働者との間で秘密保持等に関してこのような取り決めがなされている場合、派遣先において、それが秘密保持義務の対象となることが派遣労働者に明瞭に分かるような態様で営業秘密が派遣労働者に示されている限り、当該営業秘密は、派遣労働者が自由に利用し又は開示できる状態に未だ置かれていないので、秘密管理性を喪失していないということができる。

 したがって、このような場合、派遣先からその営業秘密を示された派遣労働者が、不正の利益を得る目的で、又はその営業秘密保有者に損害を加える目的で、その営業秘密を使用し、又は開示する行為は、不正競争行為となる(2条1項7号)。

 では、この場合、上記派遣労働者は、不正競争防止法違反の罪(21条1項5号)を犯したといえるだろうか。ここでは、「その営業秘密の管理に係る任務に背」いたといえるかどうかが問題となる。

 「営業秘密の管理に係る任務」とは、営業秘密を保有者から示された者が、保有者との間の契約等によって課せられた秘密を保持すべき任務」をいい〈注7〉 、これに背くとは、「情報の保有者との間の契約等による秘密保持義務に違背すること」であるとされる 〈注8〉。

 すると、派遣先と派遣労働者との間には特段の契約関係はなく、したがって、派遣労働者には、秘密情報保有者たる派遣先との関係では秘密保持義務を課せられていない以上、派遣先から示されたその営業秘密をその派遣労働者が自ら使用し又は第三者に開示しても、21条1項5号の罪は成立しないということとなる 〈注9)。

 これに対し、派遣労働者は、労働者派遣法24条の4により秘密保持義務を負うとして、派遣先から示された営業秘密の開示行為について21条1項5号の罪が成立するとする見解がある。しかし、派遣先から示された営業秘密についての派遣労働者の秘密保持義務を労働者派遣法24条の4により基礎付けることに無理があることは既に述べたとおりである。また、仮に労働者派遣法24条の4により派遣労働者の守秘義務が法定されるとの見解に立ったとしても、それは「保有者との間の契約等によって課せられた」ものではないので、「その営業秘密の管理に係る任務 」にあたらないというべきである。


4 派遣先がその指揮命令権を行使して秘密の保持を命じた場合


 派遣先は、派遣元事業者との労働者派遣契約に基づき、当該派遣事業者が派遣してきた派遣労働者に対し指揮・命令を行うことができる。派遣先がこの指揮・命令として、その示した営業秘密について自己使用や第三者への開示の禁止を派遣労働者に命じた場合、その命令に反して派遣労働者が当該営業秘密の自己使用や第三者への開示を行った場合、21条1項5号の罪が成立するだろうか。

 派遣先の派遣労働者に対する指揮命令権限は、派遣労働者との契約に基づき生ずるものではなく、派遣元事業者と派遣労働者との雇用契約に基づき派遣元事業者が取得した指揮命令権限を、派遣先と派遣元事業者との間の労働者派遣契約に基づき代位的に行使しているに留まる。したがって、派遣先は派遣労働者に対し指揮命令することはできるが、派遣労働者は派遣元事業者との雇用契約に基づきその指揮命令に従った職務を遂行しているといわざるを得ない。すなわち、派遣先から示されたその保有する営業秘密の管理は、派遣労働者から見た場合、保有者との間の契約等によって課せられた任務ではなく、派遣元事業者から課せられた任務である。しかし、派遣元事業者は、当該派遣労働者に当該秘密情報を示した営業秘密保有者ではない。

 したがって、この場合、21条1項5号の罪は成立しないと言うべきである。


5 派遣先と派遣労働者との間で、秘密の保持に関し別途約定を締結した場合


 では、派遣先と派遣労働者との間で、派遣業務との関係で派遣労働者に示す営業秘密についてその自己使用や第三者への開示を禁止する旨の合意を別途結んだり、派遣先から示された営業秘密について自己使用や第三者への開示をしない旨の誓約書を派遣先に提出したりした場合、21条1項5号の罪は成立するだろうか。

 「被告人がB に対して、「同社の業務に従事中に知り得た機密情報を外部に漏えいしないことを遵守する旨の同意書」を提出している事実は認定されているのであるから、これを根拠に、被告人とB との間の個別的な秘密保持契約を肯定する可能性も残っているように思われる」とした上で、「本件で被告人が提出した「機密情報を外部に漏えいしないことを遵守する旨の同意書」(原審の表現では「業務上知り得た個人情報及び機密情報を保秘する旨の同意書」)の詳細は分からないが、本件でも、当該同意書を根拠に広義の秘密保持義務を肯定することで、任務違背要件を充足する余地は完全には否定できないように思われる。」とする見解もある〈注10〉。しかし、上記合意や誓約書によって派遣先が派遣労働者に対しその示した営業秘密について秘密保持義務を負わせることができたとしても、それだけでは、営業秘密の管理についての任務を派遣労働者に負わせたことにはならない。したがって、その場合、派遣労働者は、その保有する営業秘密を自己に示した派遣先との関係で当該営業秘密の管理に関する任務を負わないので、21条1項5号の犯罪は成立しない。

 他方、派遣先としては、派遣事務の履行に必要な情報とはいえ、その情報の管理に関する任務を派遣労働者との直接的な合意によって派遣労働者に課すことはできない。その場合、派遣先と派遣労働者との間に直接雇用が締結されたと見るべきだからである。

 もちろん、労働者派遣という外形を採りつつも、別途合意書や誓約書を派遣先が派遣労働者に直接徴求し、その中で派遣作が示した営業秘密の管理に関して具体的な任務を課した場合には、派遣先と当該労働者との間で直接雇用が成立し、したがってその示された営業秘密を自己使用しまたは第三者に開示することが21条1項5号の罪に当たるとされることはありうる。ただし、そのような内容の合意書や誓約書を徴求していた場合、派遣労働者と考えていた労働者から直接雇用を受けていた旨の主張を受けるリスクが生ずる。


五 まとめ


 以上のとおり、派遣先がその営業秘密を派遣労働者に示した場合においても、派遣先と派遣元事業者との間の労働者派遣契約並びに派遣元事業者の就業規則等の文言次第では、派遣労働者による当該営業秘密の自己使用ないし第三者への開示を「不正競争行為」と位置づけることは可能であるが、不正競争防止法違反(21条1項5号)の罪が成立するとするのは困難というべきである。

脚注

〈注1〉経済産業省知的財産政策室編「逐条解説不正競争防止法(令和元年7 月1 日施行版)」261頁は、「派遣労働者も、同法第24 条の4 により、派遣先の営業秘密について法律上の守秘義務を負っており、また、労働者も派遣労働者も、事業者から指揮命令を受ける内部者として、日常的に事業者の営業秘密に接する立場にあるため、この立場を利用して営業秘密を不正に使用又は開示する行為は違法性が高いと考えられるからである。」とし、山口厚編著「経済刑法」66頁(山口厚)は、「本罪の主体は現職の役員・従業員である。役員とは、法文に掲げられた、理事その他の者をいう。従業者には、使用者と労働契約関係のある労働者のみならず、労働者派遣事業法に基づく派遣労働者も含まれる。派遣労働者も同法24 条の4 により守秘義務を負っており、事業者から業務上の指揮命令を受ける関係にあるから、内部者として含まれることになる。」とする。

〈注2〉なお、東京高判平成29年3月21日判タ1443号80頁は、元請事業者と下請事業者の従業員との関係を偽装請負であるとして労働者派遣法4条の6第1項を類推適用して上記両者間に直接雇用が成立したとしつつ同法24条の4により守秘義務を認めたものであり、偽装請負ではない通常の労働者派遣の場合になお派遣労働者に派遣先から示された営業秘密についての守秘義務が24条の4により生ずるとする趣旨かは明らかではない。
〈注3〉一般社団法人労務行政研究所編著「労働者派遣法(改訂2版)」378頁
〈注4〉実際、この条文に関する注釈において、これが、派遣労働者の派遣先の営業秘密に対する守秘義務の根拠規定となる旨説明したものは皆無である。
〈注5〉ただし、派遣先から示された営業秘密を無闇に使用しまたは開示しないように派遣労働者を教育する義務を怠り、その結果、派遣先との上記約定に違反したとして、派遣元事業者が派遣先に対し債務不履行に基づく損害賠償責任を負うことはありうる。
〈注6〉https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/kantoku/index_4.html
〈注7〉東京地立川支判平成28年3月29日判タ1433号231頁
〈注8〉名古屋地判平成26年8月20日(平成24年(わ)843号)
〈注9〉前掲東京高判平成29年3月21日もまた、派遣元事業者の就業規則において従業員が職務上知り得た機密情報について秘密保持義務を負い、派遣先と派遣元事業者との間で取り交わされた業務委託契約に機密情報に関する秘密保持条項が含まれていたとしても、派遣労働者が契約当事者として派遣先に対して秘密保持義務を負うことにはならないとする。
〈注10〉田山聡美「判批」刑事法ジャーナル56号160頁

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