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空想法学小説「赤ぶち(前編)」


「早田さんの奇跡の生還以来、毎週こんな感じですね。」

 木津弁護士は、ウンザリするような口調で、狛弁護士に語りかけた。
 「早田さんの奇跡」とは、科学特捜隊の早田隊員が乗っていた飛行機が、空を飛ぶ巨大な生物と衝突して墜落したのに、早田隊員が無傷で生還した事件を指している。
 その巨大な生物は、銀地に赤ぶちの巨大な生物が突然現れて退治してくれた。それは良かったのだが、それ以来、日本は、毎週、巨大な生物やら宇宙人やらが現れて、たくさんの建物を壊し、たくさんの人を殺すようになっていったのだ。その都度、銀地に赤ぶちの巨大な生物が突然現れてそいつらを退治してくれるので、法秩序はすぐに回復する。それはいい。問題は、それまでの間に多くの建物が壊れ、人が死んでいくことなのだ。

 「細川先生から、もう調査は十分だろう、保険金を出すのか出さないのか、結論を出してくれって内容証明来ていますが、どうしましょうか。」
 木津弁護士は、狛弁護士に問うた。
 二人が所属している山城法律事務所は、山名海上火災保険株式会社から火災新種保険に関する相談を受けている。そして、山名海上火災には、突然現れる巨大生物や宇宙人、そしてそれらを退治してくれる赤ぶちのあいつに建物を損壊されたとする被保険者からの保険金支払請求が殺到しているのであった。
 「保険事故の区分はどうなりますか。」
 「赤松さんの件は、赤ぶちに踏み潰されていたところが、当時のニュース映像で確認できました。ですので、『建物外部からの物体の落下・飛来・衝突』に当たると思います。」
 「あの赤ぶちは、『物体』にしてしまって良いのですか。頭や手足の形状、動き方を見ると、人によく似ていますが。」
 「論点は二つありますね。保険約款上の『物体』に人は含まれるのかという点と、そもそもあの赤ぶちは人に含まれるのかという点と。」
 「論点としては、その二つくらいでしょうね。」
 「あの巨大な生き物たちが、『人』に含まれるかどうかってどうやって判別するのですか。そもそも何をもって『人であって物体ではない』とするのでしょうか。」
 「難しい問題ですね。言葉を話すとか道具を使うとかそういう知的能力を基準に用いるのは、そういう知的能力を獲得できなかった者を同じ人として認めないという結論を導きかねないので、危険な発想となりますね。だから、人の子どもとして生まれた生き物、体外受精が可能となった現代では、人の卵子に人の精子を受精させることによって生まれた生き物を人とするということになるのでしょうね。人についてもクローン技術が応用されるようになったときには、特定のパターンの遺伝子を有する生き物という定義に拡張されるのかもしれませんが。」
 「そうすると、地球以外の星で進化の過程を遂げて、地球に到来するにまで至った生命体は、いかに高度の知的能力があっても、『人』には当たらないということになりますね。」
 「そうですね。それに、その『種』の一般的な知的能力如何によっては地球外生命体であっても法的に『人』と位置づけるとして、突然日本に現れて、あの赤ぶちに退治されてしまう奴らの、『種』の一般的な知的能力をどうやって主張・立証するのかという問題が生じてしまいますね。」
 「よくよく考えてみると、あの赤ぶちだって、『人』として法的に取り扱うにふさわしい知的能力があるかどうか、わかりませんね。巨大な生き物を退治するときには、基本的にやっていることは単なる肉弾戦ですからね。それで相手が弱ったところで、相手に向かって腕から強烈な光を発するだけで、道具とか武器とか使っていませんし、空間の移動にも、乗り物等を使用していませんからね。それに、テレビニュースを見る限り、時折鳴き声を発することはあっても、言葉を発しているようには見えませんしね。そもそも、あの赤ぶち、裸なのか、あれが衣装なのかすら私にはわかりません。」
 「衣服を着ない文明というのもあって良いので、赤ぶちが裸であっても『人』と取り扱うに足りる知的能力をもっていると評価できる可能性は十分ありますね。」
 狛弁護士がそう語り終えたころ、トントンとドアをノックする音がした。
 「はい。どうぞ。」
 そう木津弁護士が答えると、事務局の新藤が二人のいた会議室に入ってきた。
 「すいません、打ち合わせ中に。いつまでたっても狛先生が出ていらっしゃらないので。実は、今月いっぱいでやめさせていただきたいと思いまして。」
 「どうしたんですか。」
 「毎週のようにどこからともなく巨大な生き物が現れて暴れ回っているので、いつ自分もあれに巻き込まれて死ぬんじゃないかって、怖くて怖くて。実家の両親も心配して帰っておいでと言ってくれたので、鳥取に帰ろうと思っています。」
 「確かに、ニュースを見ている限り、東京周辺に現れることが多いようだけど、東京だけって訳でもないので、疎開しても意味ないように思うけど。」
 「木津先生。論理的にはそうかもしれませんけど、宇宙人だってわざわざ鳥取を襲ったりしないと思うんですよ。人が少ないから、わざわざ襲ってもダメージ少ないですし。」
 「しかし、万が一鳥取にやばいやつが現れた場合、赤ぶちが退治に来てくれないりすくがあるのではないですか。」
 「『赤ぶち』って……。ウルトラマンのことですか?」
 「ああ、マスコミは勝手にそういう名前をつけているらしいですね。本人の了承も得ずに。」
 「未知の生物の名前って発見した人が付けるじゃないですか、先生。今回は、発見したというか、初めて助けられた人が付けたそうですけど。」
 「ああ、早田隊員か。」
 「しかし、男か女かわからないのに、我々を助けてくれる強い存在だからって、勝手に男扱いして『マン』なんて付けて、フェミニズム団体からクレームつかないのでしょうかね。」
 「まあ、あの『赤ぶち』が地球外生命体だとすると、そもそも『性別』があるかどうかすらわかりませんしね。単性生殖で子孫を残しているのかもしれないし。」
 「あ、あのう。ウルトラマンが日頃東京近辺に潜んでいるならともかく、宇宙のどこかで見守ってくれていて、地球がピンチの時に駆けつけてくれるというのなら、東京でも鳥取でも関係ないと思うので、そこは心配していません。」
 「そうですか。そこまで言うのなら、無理に東京に引き留めるわけにもいきませんね。でも、リモートでできる事務作業は、引き続きお願いして良いですか。新藤さんがやめてしまうと、事務局が田辺さんだけになってしまうので。」
 「はい。ありがとうございます。あ、まだ会議が続くのであれば、お茶をお持ちしましょうか。もう5時30分を過ぎたので、私はそれで帰らせていただきますが。」
 「あ、ああ。そうしてくれると嬉しいです。」
 「わかりました。」
 そう言って、新藤は、会議室を出て行った。
 「木津先生、話を戻しましょう。あの赤ぶち、いやウルトラマンが『人』に相当するかどうかにかかわらず、保険約款上の『物体』に当たると主張されたら、どう反論しましょうか。」
 「そこは難しいですよね。今、広辞苑で『物体』の意味を調べていますが、『長さ・幅・高さの3次元において空間を充たしていて、知覚の対象となりうる物質。もの』という意味と、『知覚や精神をもたず、空間的広がりのあるもの』という意味とがあるようです。前者の意味だと、人の体も『物体』に含まれそうですが、後者の意味だと含まれなさそうです。」
 トントン、ギー。
 「先生、お茶をお持ちしました。」
 ガシャッ。
 「ああ、ありがとう。スカイダイビングをしているときにパラシュートが開かず、そのままものすごい速度で他人の家の屋根に落ちて屋根をぶち抜いてしまう。これも『物体の落下』に含めるのっておかしいですかね、新藤さん。」
 「えっ、私に聞いているのですか。」
 「ええ。普通の人の言語感覚に合致した議論に踏みとどまっているかを知りたいのです。」
 「ああ、そういうことですか。その家の持ち主からしたら、落ちてくる物が飛行機だろうが隕石だろうが人間であろうがどうでも良いことですよね。屋根に穴を開けるようなものは、みんな扱い一緒で良いです。」
 「ありがとう、参考になりました。今日はこれで帰って結構です。」
 「はい。お先に失礼します。先生たちも、でかい奴らが現れないうちに帰ってくださいね。」
  ギー、バタン。
 「確かに、『建物外部からの物体の落下・飛来・衝突』を保険事故の一つとした趣旨からすると、飛行機ごと屋根に墜落するのと、飛行機から飛び出した人間だけが屋根に墜落するのを、別物として扱う合理的な理由はないでしょうね。」
 「保険の対象という話であればそれが『人』なのか『物』なのかは決定的に重要ですが、保険の対象を損壊させるものについては、『人』なのか『物』なのかはどうでも良いということになりそうですよね。」
 「それでも、『○○物」という言い方をしてくれていればまだ『有体物のことを指すから人体は除外される』という抵抗をすることもできますが、『物体』という言葉が使われている以上、それも難しそうです。」
 「すると、保険事故自体が発生していないとして支払を拒絶するのは難しそうですね。木津先生、新藤さんが入れてくれたお茶を飲んで一休みしてから、免責の主張ができるか、検討してみましょう。」
(つづく)

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