中止要請に応じた事業主体に損失補償をするべき根拠

 新型コロナウィルスの感染拡大を防止するための政府や自治体からの中止要請を受けて特定の事業活動を自主的に停止した事業者に対して、これにより生じた損失を政治や自治体が補償するべきかどうかについて、見解が分かれています。

 これらの事業者は、新型コロナウィルスの感染拡大という公益のために当該事業活動を停止したわけです。そのことによる利益は、本来その事業活動が行われるはずだった地域、社会全体に波及していると言えます。そうである以上、そのことによる不利益は、地域、社会全体で負担するのが筋といえます。当該事業活動を行うはずだった事業主やそこで働くはずだった労働者にのみ不利益を押しつけると、そこにフリーライドが生じます。

 政府や自治体が損失を補償するというのは、当該事業活動によって生じた損失の地域・社会全体での負担の一手段でしかありません。

 そして、公益のための事業活動の中止要請に任意に応じた場合には、これにより生じた損失を補償してもらえるという実務運用がなされることは、今後同種の中止要請を行う必要が生じたときに、任意にこれに応じてもらいやすくなるというメリットが生じます。今回、先行的に中止要請に応じたライブハウス等が補償を受けられずにばたばたと倒産する事態に至った場合には、今後同種の中止要請を受けても、事業者としては、中止することによる損失は補償されないという前提でこれに応ずるかどうかを決定することになりますから、中止要請に応じない事業者の割合が増えることが予想できます。

 また、事業活動の中止を要請した場合にはこれに応じたことにより事業主等が被った損失を政府や自治体が補償するという前提があれば、過大な中止要請がなされることを回避することができます。事業活動の中止を要請してもこれに応じた事業主が被った損失について政府や自治体が何の負担をしなくとも良いと言うことになると、過度に広範囲の中止要請がなされがちです。中止要請の対象から外した事業活動の場において感染拡大等が生じた場合に政府や自治体に批判の矛先が向かう可能性がある以上、政府や自治体としては、なるべく中止要請の対象を広くしておきたいというインセンティブが働くからです。

 新型コロナウィルスの感染拡大防止は、基本的に政府や自治体こそが責任をもって行うべきことです。政府や自治体として中止要請を行った事業を民間事業者が中止したことによって生じた損失を政府や自治体が補償しないということは、当該事業活動は、政府や自治体が経済的な負担をしてまで中止する必要はないと位置づけられたということを意味します。その結果、事業体としての存続を優先させた事業主体が当該事業活動を中止せず、たまたまそれが新型コロナウィルスの感染拡大に繋がってしまったとしても、その主たる責任は、損失を補填しないこととした政府や自治体にあります。民間の事業主体は、その存続をかけてまで、新型コロナウィルスの感染拡大防止という公益のためにそのリソースを注ぎ込む法的な責任も道義的な責任もないからです。

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