発信者情報開示の在り方

 総務省が「発信者情報開示の在り方に関する研究会」を開きました。第一回目が令和2年4月30日に開かれたとのことですが、それで終わりではないようですので、この問題についての私の基本的な考えておこうと思います。

 まず、発信者情報開示制度においては、開示請求者側の裁判を受ける権利と、発信者側のプライバシー権との調整が必要となります。ここで確認すべきことは、開示請求を受ける側は、発信者情報を開示したことについて法的な責任を負わずに済むのであれば、開示請求に応じたとしても特段の不利益を受けないということです。

 そして、発信者情報開示請求が問題となるのは、開示請求者の社会的評価を低下させるような情報を不特定人に受信させる目的でネット上で流布したり、それを送信可能化することが原則として開示請求権の著作権や著作隣接権の侵害となるような情報を不特定人に受信させる目的でネット上で流布したりしている場合に限られるところ、それらの行為はもはや発信者の「私的領域」に留まっていません。したがって、このような行為に関する情報は、プライバシー権としての保護の対象とされる余地が低いということも確認しておく必要があります。

 以上の点を踏まえて、発信者情報開示制度について改善すべき点を論じていきましょう。

1 開示すべき情報
 現行法では、発信者情報開示制度で開示される情報は、「氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるもの」に限定されています(プロバイダ責任制限法4条1項柱書)。しかし、普及しているサービスの仕組みが変われば、発信者の特定に使える情報の種類も変わっていきます。その場合に、このような総務省令による限定列挙方式では、省令の改正が速やかになされないがために、発信者の特定に使える情報を事業者が有していることが分かっているのにその開示を受けることができず、結局発信者の特定をなし得ないと言うことが生じます。
 そのような事態を生じさせる合理的な理由はないので、「氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報」であれば、開示の対象とするべきだと思います。

2 開示の相手方
 現行法では、開示請求の相手方は、開示関係役務提供者、すなわち開示請求者の権利を侵害した特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信設備提供者に限られています。その意味するところについては、現在下級審を中心に激しく争われています。
 しかし、発信者を特定するのに有益な情報を保有している事業者は、当該情報を開示したことにより法的な責任を負わないようにしてあげれば、当該情報を開示することにより、何らの不利益も生じません。
 他方、発信者情報開示請求の相手方が開示関係役務提供者に限定されると、匿名化の方法が巧妙化した現在、わずかな手がかりを元に遡っていくという手法が使いにくくなります。
 たとえば、現行の特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第4条第1項の発信者情報を定める省令第3号では、「発信者の電子メールアドレス」は開示請求の対象となっていますが、このようにして開示を受けたメールアドレスを元に当該メールアドレスの発行者(プロバイダ等)にそのメールアドレスの保有主体の氏名・住所等の開示を受けようとしても、開示請求者の権利を侵害する特定電気通信の発信が、その発行者が提供する通信設備を用いてなされたことを証明できなければ、開示を受けることができません。これも、合理的な理由はないように思います。
 したがって、発信者情報開示請求の相手方は、発信者情報を保有している者一般に拡張されるべきです。そうすると、例えば、デマ記事を載せてアクセス数を稼いでいるサイトにバナー広告を載せている広告事業者に発信者情報開示請求を行ったり、WHOIS情報公開代行サービスを提供しているドメイン名取得代行事業者に発信者情報開示請求を行ったりすることができます。

3 開示請求者
 現行法では、発信者情報開示請求を行うことができるのは、特定電気通信による侵害情報の流通によって自己の権利が侵害されたことが明らかであると立証できた者に限定されています(法4条1項1号)。そして、裁判所は、本来情報発信者側に立証責任がある違法性阻却事由がないことの立証まで、開示請求者側に求めています。
 しかし、本案訴訟では要求されない「違法性阻却事由がないことの立証」までしないと発信者情報の開示を受けて裁判を受ける権利が行使できないとすることに合理性はありません。また、発信者情報の保有者は、情報を開示したことによる責任追及さえ免れれば情報を開示しても特段の不利益を負わないのですから、本来、違法性阻却事由があるのかどうかの争いに付き合わされるのも迷惑な話です。
 そもそも、発信者情報の開示請求をする段階では、発信者がどこの誰であるのかを開示請求者は知らないのですから、発信者側の主観的要素(故意過失等)を知りないのですから、当該特定電気通信による権利侵害が違法なものであるかどうかすら立証のしようがありません。したがって、開示請求をするにあたっては、開示請求者の権利が当該特定電気通信により客観的に侵害されたことを立証すれば足りるのだということを立法により明確化するべきです。
 さらに言えば、「特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害された」場合に開示請求を限定するべきかも問題となります。例えば、WHOIS情報公開代行サービスを用いてドメイン名保有者が匿名化されたサイトを用いて詐欺的な商売が行われた場合、現行法では、被害者の財産的権利は「特定電気通信による情報の流通によって」侵害されたわけではないので、当該サイトの開設者の氏名等の開示を受けることができません。したがって、警察による捜査で被疑者が特定されるまでは、通常何も出来ないと言うことになります。そのような法制度に合理的な理由があるとは思えません。


4 手続法的な問題
 現在、日本で流行している利用者投稿型サイトの多くは、外国法人によって提供されています。本来、日本在住者を相手に反復継続的にサービス提供している外国法人は、日本国における代表者を定めて登記する必要があるのですが、実際にはそんなことはほぼなされていません。
 このため、現在は、この種のサイトに名誉毀損情報が投稿された場合には、当該サイトを運営する外国法人に対してIPアドレス及び発信日時(またはログイン時IPアドレス及びログイン日時)の開示を求める仮処分の申立てをするという運用になっています。
 その際に問題となるのが以下の点です。
1 その都度、当該法人の代表者が誰であるのかを示す公的な書類の提出が求められる。
2 審尋期日の呼出状を外国法人に送達するのに時間がかかる
3 当該法人の登録国の公用語への訴訟書類の翻訳が求められる
 これらはいずれも、当該外国法人が日本における代表者を定めて登記をしていないことによって生ずる問題です。であるならば、日本における代表者を定めて登記をしていない法人であれば、これらの手続が省略されて手続上の権利が制限されたとしても、自己責任とすることができるはずです。
 例えば、
1 日本における代表者を定めて登記をしていない外国法人については、当該法人の代表者が誰であるのかを証するのに公的な書類は求めないこととする(例えば、当該外国法人にWebサイトを印刷したものでもよいこととする。)
2 日本における代表者を定めて登記をしていない外国法人については、原則無審尋、無担保で仮処分決定することとする
3 日本における代表者を定めて登記をしていない外国法人については、当該法人に送達するのは決定文のみとし、翻訳もその範囲に留める。
 裁判所が開示を命ずる仮処分さえしてしまえば、決定文の送達が未了であっても、そのことを知った後なお発信者情報を開示しないときには故意または重過失認定を避けることが容易ではないので、非合法を売りにしている事業者以外は任意開示に応ずることが予想されます。だから、決定さえおりれば、決定文の送達はある程度遅くとも何とかなります。

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