コツを掴むためのヒント

朝は過去問の自由記述を練習した。いままでで一番よく書けたと思う。コツがわかってきた。そう、僕はコツを掴むのが得意だ。コツを掴む能力を培うのに寄与したと思われる、幼少期の経験についてふと考えてみた。

僕は早生まれで、特に幼稚園の時なんかは運動能力の発達が同級生に比べて遅れていた。たぶん、小学校の中学年くらいまではずっとそうだった。けれども、スポーツは色々習ったり遊んだりした。体操(幼稚園で数年)、サッカー(半年で辞めた)、バスケ(1年くらい)、水泳(3年くらい)——ここまでが習い事。そして卓球(小学校のクラブ活動で1年)、テニス(レッスンと部活を合わせて10年)バドミントン(高校の部活2,3年)などなど。小学校の休み時間には女子に混ざって一輪車に乗ってたし、放課後はほぼ毎日、男子の友達と校庭で野球、土日は父親とキャッチボール。どれも別に上手くなかったけど、楽しく遊んでいた。

あるいはスポーツに限らず、技術を要するもので言えば、小学校低学年の頃はポケモン図鑑の模写・漫画の執筆、高学年に入るとリコーダーや鍵盤ハーモニカで校歌や流行りの歌を友達と耳コピして弾いていた。中学に入るとギターに凝るようになって、毎日5,6時間、狂ったように弾いていた。

頭の使い方でいえば、近所に住んでいた幼馴染のアメリカ人のお母さんに幼少期から英語を習う。小4で中学受験の塾に通い始め(成績は全然良くなかった。授業はさっぱり理解できなかった)、小学校では授業を聞かずに「なぞかけ」を作りまくり、雨の日の昼休みは先生のパソコンを借りて友達とプログラミングに勤しむ。土曜日の新聞についている数独が毎週の楽しみ。高校に入ると辞書を片手に、洋書をもう片手に、英語で小説を読むようになった。(もちろん、はじめはほとんど理解できないままに読んでいた。)

いまパッと思い出せるだけでもかなりの多趣味な子供だったことが分かる。そしてそのほとんどで、僕は才能を開花させることがなかった。初心者の域を少し超えたくらいで頭打ち。遊ぶのに飽きたらまた別の遊びに移るだけだ。でもそのおかげで、何を始めても割とすぐに初心者の域を越えられるようになった。「コツ」を掴むのが早いのだ。

そうそう、コツについて書こうと思って見切り発車したが、友達の作り方も昔から変わっていないかもしれない。趣味がたくさんあるおかげで、それぞれの領域で友達ができる。音楽を通して出会った友達もいれば、学問を通して出会った友達もいるし、ちょっと英語ができることがきっかけで長い付き合いになっている友達もいる。本当に楽しい。最近は遊べていないのがちょっとストレスになっているかもしれない。遊ぶのがこんなに好きなのに!

こうやって書いてみると、僕は「プロフェッショナル」には向かってこなかったみたいだ。だが、来週は博士課程の入学試験を控えている。博士なんていったら、プロ中のプロだ。人生で初めてプロに向かっているのかもしれない。こんなに遊びまくってて、加えて何か一つプロの領域に達していたらすごいことだ。まだ修士号すら貰えていないけれど、夢は膨らむばかり。哲学のプロなのに、なんでもできちゃう。そんなおっさんを目指しているのです。

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