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負の所得税の根本的な欠陥

※この記事にはブラッシュアップ版があります。できればそちらをお読みください。






先日、このようなアンケートをしたところA案とB案の結果が拮抗した。
しかし、実はこれA案でもB案でも給付額と所得額の合計はどの年収でも変わらない。

では、どちらでも優劣は変わらないのか。それは違う。私はA案が優れていると考える。

ベーシックインカム・負の所得税とは

まず、「ベーシック・インカム」とは何かを確認しよう。
ベーシックインカムの国際団体「BIEN」の共同名誉理事長のガイ・スタンディングは自著の中で以下のように説明している。

ベーシックインカムとは何か。一言で言えば、それは、個人に対して、無条件に、定期的に(たとえば毎月など)、少額の現金を配る制度のことだ(後述するように、具体的にはさまざまな提案がなされている)。すべての個人を給付対象とす る普遍的な制度であることから、「ユニバーサル・ベーシックィインカム(UBI)」とも呼ばれる。
(ガイ・スタンディング『ベーシックインカムへの道』,池村千秋 訳,プレジデント,2018年,p.11)

また、「負の所得税」については以下のように述べている。

負の所得税は、経済学者のミルトン・フリードマンのアイデアというイメージが最も強く、ベ ーシックインカムの一種とみなされることも多い。フリードマン自身もしばしば、BIENに宛てて送ったメッセージなどでそのように位置づけていた。しかし、ベーシックインカムとは二つの重要な点で違いがある。一つは、個人単位ではなく、世帯所得を基準に給付されること。もう 一つは、(アメリカの給付型税額控除と同じように)前年の所得に応じて事後に給付されること だ。要するに、負の所得税は、一部の人だけを対象に、資力調査に基づいて給付されるもの
(ガイ・スタンディング『ベーシックインカムへの道』,池村千秋 訳,プレジデント,2018年,p.246)

グレゴリー・マンキュー氏の短い記事

アンケートの結果に話を戻そう。実は、このアンケ―トには元ネタがある。それが、経済学者グレゴリー・マンキュー氏の以下のブログ記事である。

聡明な人たちが以下のような主張をするのを、私はたびたび目の当たりにしてきた。「A案は常軌を逸している。なぜ、ビル・ゲイツみたいな大富豪に政府がお金を配るのか? 必要ない人に給付するために、B案より税率を高くしなくてはならない。B案のほうが累進的だ。本当に支援を必要としている人だけを給付対象とし、平均以上の所得がある人だけに課税して財源をまかなっている」
しかし、このような主張をする人たちが見落としていることがある。実は、二つの案の中身はまったく同じだ。納税額と受給額の差額は、すべての人がA案でもB案でも変わりがない。
違いは、制度の表現の仕方だけだ。

※翻訳はガイ・スタンディング『ベーシックインカムへの道』,池村千秋 訳,プレジデント,2018年,p.171より引用

マンキューはA案とB案を比較して「中身はまったく同じだ。」「違いは、制度の表現の仕方だけだ。」としているが、これには賛同できない。
B案、つまり「負の所得税」には根本的な欠陥がある。その理由をこれから説明していく。

資力調査の問題点

負の所得税の資力調査には以下の問題点が考えられる。

①行政の仕事がより煩雑になる。
 
世帯所得を計算し、それを基準に給付金額を計算し、振り込む必要がある。さらに、給付金支払い後の還付や徴収、「不正受給」の対応を行う必要がある。これらの仕事は行政の担当者に更なる負担をかけることになる。

②所得の変化に対応できない
 
日本の所得税でもそうだが、その年の所得は、その年が終わるまで確定できない。その為、「確定申告」や「年末調整」が存在する。
 給与所得者が毎月支払っている「所得税」は、前年の所得や情報を元に概算したものである。
 そして、負の所得税も前年の所得を元に概算した金額が給付される。前年より所得が減少し、給付金の重大性が増しても、最長で1年程「待たされる」。逆に所得が減少した場合、過払い分の給付金の「徴収」を受ける可能性がある。
 「余分に給付金をもらっているんだから当然だろう。」と主張する者もいるだろうが、本人であっても所得の正確な把握は困難であり、生活に余裕のない者への徴収は命を脅かす事態にまでなりかねない。

負の所得税は低所得者に「所得税」がかかる

アンケートからも分かる通り、負の所得税は「低所得者にも所得税がかかるベーシックインカム」と言い換えることが出来る。ベーシックインカムならば、低所得者に所得税を無税にすることは問題なく可能である。
しかし、負の所得税は、ベーシックインカムと比較すると、「必ず」低所得者に事実上の所得税が課せられる。

生活保護「基礎控除」の問題点

この記事を読んでいただいている方には「日本でまだ実現していない制度の可否を論じても意味がない!」と思われた方もいらっしゃるのかも知れない。なのでここから、日本で実施されている生活保護の「基礎控除」を見ていこう。

生活保護_基礎控除

上記の画像が基礎控除額の一覧である。ちなみに控除額とは「手元に残る収入」である。この表を見ると、収入金額1万9000円以降は月の収入金額が4000円増加するごとに「手元に残る収入」が400円しか増加しない
つまり、
月収入金額が10万円ならば2万3600円
月収入金額が15万円ならば2万8400円
月収入金額が20万円ならば3万3600円
しか、所得は増えない。

フリーランス・ライターのみわよしこ氏は、生活保護の「基礎控除」が就労意欲を妨げていると指摘する。

 収入認定の場面で手元に残るいくばくかの金額も、働いたことに対するインセンティブというわけではない。この金額(基礎控除)は、勤労に伴う必要経費として認められているだけなのだ。
 生活保護の収入認定の現状、「働いても生活保護以上の生活は許さない」という仕組み、結果として「働いたら損」となっている状況は、実際に就労の意味を疑わせ、あるいは必要なのに生活保護から無理に脱却する状況をつくっている。

 シングルマザーである病気の母親のケアをしながら定時制高校に通い、アルバイトで1ヵ月あたり8万円の収入を得ている10代女性は、「就労意欲下がりまくりですよ」とボヤく。彼女が8万円稼いでも、一家が使える現金は2万1600円しか増えない。

また、生活保護の「基礎控除」を始めとしたこの状況を変える為には、以下の2点が必要であるとしている。

 とにもかくにも、現状の生活保護制度が、収入面で就労促進的になっていないことは間違いない。この状況を変えるためには、何が必要だろうか。

 まずは、「生活保護なんだから、働いても『最低限度の生活』でいてくれないと許せない」、言いかえれば「生活保護を受ける以上は、生活保護なりの生活しか許さない」、もっと端的に言えば「差別させてくれなきゃ困る」という思いを、世間が捨てること。

 さらに、「生活保護で普通の基本的な生活ができる、働いたらもっと可能性が増える」という制度が良いと考え、そのことを制度の形に表わしていくこと。

ここまで、生活保護の「基礎控除」を見てきたが、この仕組みは負の所得税と同じくベーシックインカムと比較すると事実上の所得税である。
しかも、収入金額が19000円以降以降の控除率は約90%である。所得税+住民税の最高税率が55%であることから考えても極端に高い。

低所得者から所得を奪うな

結論に移ろう。負の所得税には以下の問題点が考えられる。

①資力調査により、行政の仕事が煩雑になる。
②所得の変化への対応が遅れる。これは命にも関わる事態になりかねない。
③ベーシックインカムと比較すると、低所得者への所得と就労意欲が奪われる。事実、生活保護の「基礎控除」がその構造になっている。

これらの事項は負の所得税に必ず付きまとう欠陥である。

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