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地に足をつけて死に切ります

何とも説明のしようがない三つの不思議があります。
👉 この時間は何時から始まったのか、何のはたらきなのか?
👉 この空間は何処まで続いているのか、何のはたらきなのか?
👉 この存在をこの私にしてくれたのは、何のはたらきなのか?

はたらきによって与えられた奇跡に、感謝せずにいられません。
👉 何かのはたらきで生まれ、何かのはたらきで死んでいくこの奇跡
👉 そのはたらきを誰かの願いと言いかえると、温もりを感じます
👉 誰かの願いで生まれてきて、誰かの願いで死んでいくと言いかえる

誰かの願いのお陰で、私はこうして私自身を営むことができています。
👉 一方で、何も持たずに生まれてきて何も持たずに死んでいきます
👉 営みの中で持つモノという財産は、手放すまでは楽しめます
👉 営みの中で持つ経験は、死ぬ間際までよろこびをもたらします

そういうよろこびが得られた時、私自身の存在を肯定したくなります。
👉 自己肯定感、それは不思議なはたらきに気づいた時に確信します
👉 我欲でも自己満足でもなく、ただ私の存在を見てとることです
👉 倫理の話では無いし、ましてや決して道徳などではありません

同じ気づきを得た仲間との出会いにも、感謝せずにはいられません。
👉 その仲間はすこぶる謙虚で、誰に対してもすこぶる優しく感じます
👉 その仲間とともに生きられることは、究極のやすらぎになります
👉 私も、そんな仲間と同じような存在になりたいと思います

地に足をつけて生きていこう、そして最後に死に切ろう。
そして、他の人が自己肯定感を持って生きることを讃えて生きよう。

私はこれを「宗活」と読んで大切にしていこうと思っています。