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脱毛症の経歴のつづき|初めてのウィッグ編

こんにちは!諦めていた脱毛症と
もう一度向き合っているあずにゃんです^^

今回はこの記事の続きを。

上京物語

18歳で実家を出たわたし。
小さな円形脱毛症はあったものの、髪を茶色くしたり、パーマを楽しんだりしていた高校時代。田舎もんだとナメられてたまるかと、つけまつげバサバサしてギャルのつもりで上京。(この考えが田舎もん)寮つきの会社へ就職。マンション借り上げタイプの寮だったので実質一人暮らしで悠々自適に暮らしていた。

就職をしたことで一端の大人になったと勘違いしまくっていた私は調子に乗った生活をしていた。

自炊はしているようなしていないような
夜勤のある会社で生活は不規則だったのと、賢いお金の使い方を知らないので自分が自由に使えるお金があることが嬉しくてコンビニで無駄遣いしてみたり、業務用サイズのチョコレートを大人買いしたり、同期と遊んだり、好きなだけ服を買ったりしていた。

アルバイトの経験があったから、働くことがどういうことかというのは少しはわきまえていたけれど、8割型ナメていた。今振り返るとだいぶ恥ずかしいよ。配属が決まるまでの研修期間は楽しく過ごせていたから、どうにかやっていけるっしょ!という感じだったのだが、まぁ配属先での教育係の先輩とウマが合わなくて、それがまた夜勤の間もずっとペアだから本当に発狂にそうな毎日を送っていた。(先輩が精神的に詰めてくるタイプだった。)

さすがにその先輩の態度は理不尽なので一度抗議のつもりで仮病早退したことがあったのだが、新入社員全般のお世話係の先輩がものすごく心配してくれて、話を聞いてくれたりとてもとても嬉しかったのを覚えている。K子さんありがとうございました🥺

そんな日々を過ごしていたあずにゃん19歳の夏の終わり。

その日は突然に…

研修期間のペアが外れ、独り立ちをしてまもなく
寮のワンルームの部屋のユニットバスの排水溝が真っ黒になった。

え?抜け毛?多くない??

排水溝を埋め尽くすほどの大量の抜け毛を前に少し冷静に排水溝の詰まりをとった夜。髪の毛を乾かし、ブラシを当てるときも動物の換毛期かの如く抜けまくる。大きな毛玉をゴミ箱に捨ててとりあえず寝た。

脱毛症との付き合いはすでに14年だ。でもこんなに抜けたことは初めてのことで、さすがに不安になりガラケーで近くの皮膚科を探した。

上京して初めて一人で行く病院。妙にしっかりしていたのは薬を貰えば大丈夫だと思っていたからだ。平日に休みのある会社っだったからすぐに調べた皮膚科に行けて薬ももらった。平日休みサイコー

円形脱毛症ですね。との診断。見覚えのある処方に少し安心した。
メロン味のかき氷シロップのような液体の薬と乳白色のローション。そして飲み薬。ザジテンだったかな〜

しばらく投薬していたのだがそんなことはお構いなしにどんどん抜けていく髪の毛。スッカスカになっていく分け目。会社の人たちの目が気になり始めた。

ギャルうぇ〜い

ギャルもどきの田舎のヤンキーは109に憧れていたので洋服を買うときには必ずお世話になっていた。当時109-②、通称キューツーが出来たばかりだっただろうか。キューツーにもかなりお世話になっていた。

そう、髪がスッカスカでこの勢いで行くといよいよスキンヘッドになるかもしれないということが頭をよぎったときキューツーのウィッグショップが頭の中に浮かんだのだ。

あ!ウィッグ被ってみよう。

そんなアイデアが浮かんで即キューツーに向かった。我ながら自分の行動力に拍手を送りたい。

キューツーのウィッグショップでめぼしいものを見つけ買ったのは当時の髪型に一番近かった焦茶色のセミロングストレート。
これが私のウィッグデビュー。

長くなるのでまた続きは後日。
最後まで読んでくれたありがとう^^


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