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掲示板で出会ったひと はちにんめ 最終話

最終話、と書いたけれど、別に会わなくなったわけではない。
出会ってもう3ヶ月経って、彼がいることが普通になった。
書き始めた当初は、こんなことになるなんて思っていなかった。
特殊な関係ではあるものの、数ヶ月で別れてしまうというよく聞く話に比べれば、安定している。
だから、掲示板云々はもういいかなと思った。

前回、こんなことを書いた。
このときのわたしは、会ったときに次回があることを当たり前だと思っていなかった。
一回完結型、更新なし、読み切り、みたいな感じだと思っていた。

彼とは今でも毎日数十往復のチャットを交わす。
むしろ、増えたような気もする。
おはようとか、いい天気だねとか、仕事がトラブったとか、そんなたわいもないメッセージばかりで、時には「うんうん」とだけ返ってきたりする。

今までにない、穏やかな日々だ。
わたしは、急に彼がいなくなってしまうという不安から解放された。

そのことに気づいたのは、彼との諍いがきっかけだった。

彼が、というより誰かが、かもしれない。
そもそも、わたしがいつも取り憑かれていた不安というのは、「目の前の人が急にいなくなる」ことへの不安だった。
彼だから不安なのではなく、わたしは大事なひとというのは急にいなくなるものだと思いこんでいるようなのだ。

急にいなくなるのが一番こわい。
突然より、予定通りがいい。
わたしはすでにそこにあった怒りを彼にぶつける。
そうすれば、彼はわたしを嫌いになり、目の前からいなくなる。
そんな予定通りのストーリーはわたしを安心させる。

けれど、彼は怒らなかった。
そういうとき、まともに取り合わない。
面倒だから切ればいいのに、と思うけれどそうもしない。
ただ、いつも通りにそこにいる。
(さらにびっくりしたのは翌日にはもうそのことを忘れていたことだ。)

わたしも、いい加減もう気づいていた。
彼に怒っているわけでもなく、彼がわたしを不安にさせているわけでもない。
怒りも不安もわたしの中にあり、ただ出たがっている。
それをわかっていてなお、止めることができない。

原因がわからない。
記憶をどんなに掘り起こしても、その不安や怒りの源にたどり着けない。
これは初めてだった。

わたしの中の騒動、独り相撲に巻き込んだことについて、後日彼に謝った。
そして、なぜか最後にこう付け加えた。
「急にいなくならないでね。きらいになっても、ちゃんと言ってからいなくなってほしい。」
言いながら、なんか唐突だなと思った。
なんで、わたしこんなこと言うんだろう。
と浮かんだと同時に涙が溢れて止まらなくなった。

たぶん、わたしの中のわたしが言いたかったのはこれだったんだ。

彼は、急にいなくなったりしないよ、と答えた。
わたしが何度同じことを言っても、そう返し続けた。
なんでそんなことを言うの?とかなにかあったの?とか聞いたりはしなかった。
何度も何度も「いなくならないよ」と言うだけだった。

彼は怒らない、と書いたけれど、それは彼の中に怒りがないということではなくて、わたしにはぶつけないという意味だ。
怒らない、と決めているのだと思う。
代わりに、「しあわせじゃないならやめてもいいんだよ」という。
なぜか、決定権はわたしにあるらしい。
わたしはそういうふうに静かに言われるといつも悲しくなる。

まだ、わたしはこんなにだめなんだ。
そう思うと同時に、打ち消す。
彼がいるから、いるなら、そう思うのは一旦やめようと思い直す。

誰かが自分のそばにずっといてくれるはずがない。
そこから「いるのが当たり前だ、自分には価値があるから」まで正反対に急に舵を切るのは難しい。
けれどせめて、「そばにいてくれることもあるかもしれない」「そばにいてくれてもいい」くらいなら思えるかもしれない。

少しだけでも上を見ようと思った。

そういえば。
彼はいつもわたしを気持ちよくさせながら、「もっとだよ」という。
もっと望んで。
もっと欲しいっていって。
だいじょうぶだよ。
そんなことを繰り返す。

いつも、彼は同じことを言っている。
そのことに気づいたあたりから、わたしの毎日は穏やかになった。
彼から連絡が途絶えたとしても、忙しいんだろうなとしか思わなくなった。

彼に、こんなにおだやかな毎日は初めてだよ、というと、「ええー」と返ってきた。
人を好きになったとき彼は穏やかにしかならないらしかった。

恋をすると、人は不安になるものじゃないのだろうか。
それが普通だと思っていたけれど、彼はいつも普通の逆を行く。
それが彼の普通なので、彼に「普通は」という話は通じない。
それが、わたしの中の「普通」を壊して、わたしを安心させてくれる。

数ヶ月前、掲示板を彷徨っていたわたしが辿り着いた今がここだ。
こんなこともあるんだな。
と他人事のように思った。

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