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花の注文しにきたのに、なんで花がないのよ アーケードにふんぞり返っているひとは どこかで見たことのある人のようだ ビニール袋の口を縛っていたお総菜屋さんが ゆっくりと花のない花屋に目を向けた 昨日あったカトレア! ふんぞり返っているから レジの中でゆっくり小銭でも数えよう 昨日あったカサブランカ! ないの もう花が、ありません 十円玉ばっかり 泣きだしてしまったので、包み紙の端っこを掴んで わかりましたといった アーケードの冷たい床に ふんぞり返
うちに帰ったら 昨日煮詰めた ミートソースの香りが まだ少しだけ 玄関のあたりで 膨らんでいた きょう触った 葉の中に 何億何万何千回目かの ちっとも重要でない 生命みたいな 生き物が 死んでいたよ だから うちに帰ったら 腐っている かぼちゃなんか 捨てちゃおうと おもった ☆☆☆ アーケードから 人の足音がなくなって お別れの音楽も 永遠の音楽みたいに響いて おうちまで帰るひとなんて どこにもいなくて あなたの顔も忘れて
だんだんと 広がっていく 表の空に 背を向けて 隣合った お総菜屋さんに お辞儀をすると 薄いピンクの ハンカチを 膝の上にのせたまま お総菜屋さんは 昨日の笑顔で 微笑んだ ☆☆☆ バラの棘を剥いでいた 剥いだ後には 心が宙ぶらりんになったまま 木の椅子に腰掛けて 作業場の冷たい窓を 見ていた 休憩所に 真っ白い布を被せよう わたしたちは体ごと どこかに溶けていくに違いない 残ったパイプ椅子の 銀色に光った 背もたれに
今日 アーケードは ひっそりと 真っ白なタイルに 夕暮れを照らすこともなく ただ一日 ずっと 眠っていた 一年に一度の 休館日 だった ☆☆☆ 部屋の窓から 小宇宙に似た誰かが見える ベランダの 釣り竿に 通り過ぎた雲が 引っかかっている。 裸足の足元に 小麦粉を散らしたように いつかの過ぎた時間が 散らばっている 十時の約束は アーケードからはじまる 昨日見た夢の 住み慣れたような世界で 出会った人々が アーケードを