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【ショートショート】ガラスの手#シロクマ文芸部

 ガラスの手。

 しらうおではなくガラスと表現したのは、明らかに揶揄しているからだ。

 私は継母に、すみません、と頭を下げる。

「雅彦も料理が得意で良かったわね」

 継母は私の代わりに天ぷらを揚げながら話し続ける。

「しつこいな。別に分かってて結婚してるんだからいいだろ」

 年に一度、お盆にはそれぞれの家に一泊帰省することにしている。湯あがりの夫は心底面倒くさそうに言いながら缶ビールをあおる。嫁よりもハンドモデルという仕事を優先している私を、継母は快く思っていない。

「ゆかりさん、せめて揚がったものからお皿に入れて持って行ってくださる?」

「はい」

 私は大皿に敷紙を敷き、慎重に火の元に近づく。美味しそうに上がったかき揚げを菜箸でひとつひとつ皿へ移す。

 途端、継母が鍋に入れたキスの水分が跳ねる。あ、と思わず声を上げた。跳ねた油が私の左手にかかったのだ。左の親指の付け根に赤いマジックで書いたような2mmの円ができる。私は慌てて手を冷やす。赤い円は油性マジックのように取れない。

「ヤダ、大げさな」

 私の過剰な反応に継母はわざとらしいため息をつく。私は天ぷらをテーブルへ持って行き、ひとまず夕飯を終わらせる。

 皆が寝静まった後に、手に化粧水、乳液、美白クリームを塗りこむ。ネイルオイルを爪に塗りこみハンドマッサージをすると、夜用の手袋をする。明日、跡が残るようなら、ネットでビタミン剤を追加注文しよう。化粧下地でカバーできるか、いくつか試してみよう。

 襖の向こうから聞こえるいびきを聞きながら、私はそっと目を閉じた。


(640字)



とうとう、シロクマ文芸部に体験入部しにきました。

今回のテーマは「ガラスの手」。
いつも楽しそうだなぁと思ってみてましたが、あまりにもお題がポエティックで続く言葉が浮かびませんでした。
何とか書いてみたものの、全然ポエティックな話じゃない……。
油のはねた後のシミって全然消えないですよね……。

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