主体たる命たちⒷ

アヴェ・マリア

日本語なら「アベマリア」の表現が馴染んでいる。
意味は分らないまでも耳慣れたほうが書きやすい。
それでこれ以降は馴染みぶかい表現でまいります。

アベマリア秋夜をねまる子がいへり 橋本多佳子
 (あべまりあしゅうやをねまるこがいえり)

命の贊歌と云うことは感じられるが、句の意味は?
詠み
手の想いは置いて読み手が受け取ったモノは?

読む視点はどなたの発句を受けた場合も変らない。
複数人の受け手なら複数とおりの読み方が生れる。
これが芸術作品と云うことなら一つの正解も分る。

往復書簡でも相手のレベルに合わせて文章を編む。
一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせの例も、
気心の知れた仲だからこそ十二分に通じるのです。

アベマリア‥私ならパンドラや卑弥呼や母だけど、
クリスチャンなら聖母マリアを意味して当然かも。

秋夜‥聖夜・さわやかさ・やさしく射す月の明り‥
そういった空気が多佳子を包んでいるのを感じる。

ねまる子‥暑さは去って心地よい眠りに入った子。
子がいへり‥母親に見守られて安心しているんだ。

子は末っ子か・自身の記憶か・よその子でもいい‥
こう観てきたとき、育み包んでくれている存在感‥

すなわち大きな存在に抱かれている自分を感じる。
それは月光か、大地か、世界か、私には十羅刹か。

そうかあ、私は鬼の子のような気がしてならない。
鬼の子は見っともない格好も寒風に泣くのもあり。

多佳子は龍神の子か、、いやいやこれは私の寝言、
鬼の子に龍神の子を護れるのかと他愛無いことを。

三千世界の命の贊歌黒子くろこ、多佳子だった‥のか⁉
多佳子の句に私が惹かれるのは当然‥益々確信が!

今回はここまでに。拝!🙇 (筆名.ぞっこん)


#普遍の大地 #思想哲学 #捉懇 

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