拝啓、初恋の日々へ

河津桜の芽が顔を出したあの日を覚えているでしょうか。


    あなたに初めて出逢ったのは4才の頃だっただろうか。若草模様の着物を着て裸足で駆け回る姿が今でも脳裏に焼き付いています。

    どこへ行くのも一緒で手を繋いで探検したね。近所の駄菓子屋、夕べの河原、昼過ぎの高架下。あなたは、とても歩くのが速くて置いてけぼりにならないように必死でした。おかげで、だいぶ体力がつきました。

    そういえば、いろんなお話をしたよね。あなたは、物知りで土の匂いや雨の味とかいろんなことを教えてくれたよね。内容はすっかり忘れちゃったけど、楽しそうに話す姿が印象的でした。

    おそらく、私しかあなたのことを知らなくて周りの人は分からないらしいです。いつも迷子になっていたようであなたのことをどんなに伝えようとしても伝わりませんでした。

    私が類別される人間というものは、どうやら感知できないものを無いものとして捉えているようです。できたものに関しては、勝手に名前付けをしているようです。

    私はそれに強い疑問視を感じています。存在が確認できないから、認識できないから無いものとして捉えていいのでしょうか。あの日々は私の幻覚だったのでしょうか。

    たとえ、他の人にどのように思われても幻覚であってもいいのです。今でも私の心の中に包み込まれているのですから。

    1年前の春の兆しがみえてきたあの日。円覚寺の屋根の上から声をかけてくれたよね。十数年ぶりの再開に思わず涙を堪えず声にならない言葉しか出ませんでした。

    フラフラで今にも倒れそうな私の背中をそっと優しく支えてくれながら、お散歩したよね。幸せだったな。

    あなたは幻でもイマジナリーフレンドでも桜の神さまでもなくて私の中にはちゃんといたんだよね。名前なんてどうだっていいよ。忘れかけてたのに出てきてくれてありがとう。


    いつの日かまたあなたに会えることを願って


敬具

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