文明社会にいながら 
 非文明の水槽を持ち上げ続ける 
 この水槽というのはとても厄介で
 水が足りなると補給して
 揺らしすぎるととまり
 ときに摺りよりを欲するのである。
 いつまで経ってもこれに着手しようとしない科学者に憤りを感じたので幾つかの詩を紹介する


    借金


借りた金はすでに
じゅうまんえんを越えて来た
これらの金をぼくに
貸してくれた人々は色々で
なかには期限つきの条件もあり
いつでもいいよと言ったのもあり
あずかりものを貸してあげるのだから
なるべく早く返してもらいたいと言ったのや
返すなんてそんなことは
お気にされては困るというのもあったのだ
いずれにしても
背負って歩いていると
重たくなるのが借金なのだ
その日ぼくは背負った借金のことを
じゅうまんだろうがなんじゅうまんだろうが
一挙に返済したくなったような
さっぱりしたい衝動にかられたのだ
ところが例によって
その日にまた一文もないので
借金を背負ったまま
借りに出かけたのだ



    自己紹介


ここに寄り集まつた諸氏よ
先ほどから諸氏の位置に就いて考へてゐるうちに
考へてゐる僕の姿に僕は氣がついたのであります僕ですか?
これはまことに自惚れるやうですが
びんぼうなのであります。



ぼすとんばっぐ


ぼすとんばっぐを
ぶらさげているので
ミミコはふしぎな顔をしていたが
いつものように
手を振った
いってらっしゃあいと
手を振った
ぼくもまたいつものように
いってまいりまあすとふりかえったが
まもなく質屋の
門をくぐったのだ


本稿は、
山之口貘詩集 高良勉編 岩波文庫から引用した

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