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はたらくとは、仲間づくりだ

2020年に起きた1番大きな出来事は、「はたらく」ということについて考えるようになったことだ。

「はたらく」ってなんだろう、というのは小学校の道徳の教科書でさえでてきそうだけれど、大人だって答えるのは難しい。教科書の説明は...「誰かの役に立つこと」「その対価としてお金を稼ぐこと」的なことだろうか。

自分なりの「はたらく」を考えに考えた2020年。今の時点で1つ言葉にするとすれば、僕にとってのはたらくとは、「仲間づくり」だ。


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僕がはじめて「はたらく」に出会ったのは、父親の姿だった。父は家の中でも、食事中でも、旅行中だって、ずっと仕事の電話をしていた。大きい声では言えないけれど、車の中でも電話をしていたし、助手席の母は着信がある度に車内のBGMの音量を下げた。

父の1日は長い。朝は僕と同じ頃に家を出て、夕方頃帰ってきたかと思えば、シャワーを浴びてまた出て行く。そのあとは何時に帰ってくるのか、僕は知らなかった。ほとんど会話をしたことがない父とは、いまでもまともに話せない。

父は家の下の階の事務所ではたらいていた。社員が10人ぐらいいる建築会社の社長で、長方形の事務所の、1番奥に座っていた。壁際にはぎっしりと書類が詰まっていて、いたるところに家の模型や写真が飾ってあった。

あるとき、社員旅行についていかせてもらった。10人くらいの社員さんがほぼ全員参加していて、みんなでスキーをした。夜は鉄板を囲んで盛り上がっているその光景が今でも脳裏に焼きついている。みんなたのしそうだった。しあわせな、あたたかい色をした時間が流れていた。

小学校の図工の時間で描いた「将来の夢の絵」。僕は事務所の1番奥のデスクに座る父の姿を描いた。将来の夢は「社長」だった。誰がどう見たって忙しい父の姿は、僕にとっては憧れだったのだ。


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それから時が経って大学生になり、僕は「はたらく」を経験した。高校生の頃に通っていた塾のバイトだった。ありがたいことにすごく恵まれた環境。自分の能力を認めてもらい、生徒に必要とされ、その上お金も貰えた(これは当たり前だけれどはじめての経験だった)。

社員さんが2人、あとは10人〜15人ぐらいのアルバイトの職場。みんなで旅行にも行った。お酒の注ぎ方も教えてもらった。普通の学生はサークルで経験するだろうことを、僕はここで教わった。サークルはどうも楽しめなくて、バイト先は僕の居場所になっていた。

多くの人は、バイトが面倒だったりしんどかったりキツかったり、ネガティブな時間だと知ったのは、大学生もだいぶ終盤になる頃だった。

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大学を卒業した後、僕は東京の人材系の会社に就職した。毎月営業目標を追う、というこれまでにない日々は、割と大きなストレスになった。大学生まではたらくことは楽しいことだと思ってきた僕にとっては、なかなかに苦しい時間が続いていた。

2020年、僕はその会社で3年目を迎えた。もうだいぶ仕事にも慣れたけれど、3年目には3年目なりのプレッシャーというのがあって、やはりストレスはストレスだった。

そんな中で、大きな出来事が2つ起きた。
(これが「はたらく」について考えざるを得なくなった要因だ。)
①コロナで事業が大ダメージ。もはや目標もクソもない市場。トラブル対応で1日が終わる日々。
②それにともない夏頃までにチームが激変。2人のチームメンバーの退職、3人が事業がのびている別部署に異動、そして1人が休職。10人くらいのチームはもはや跡形もなくなる。

①がどうでもよくなるくらい、②は僕の毎日に堪えた。もともとチームを重んじる会社、苦しいながらも2年間走り続けられたのは、仲間のおかげだったと知った。

残された自分がなんとか耐えないと、という大きな義務感と、もうどうでもいいかも、、という少しの放棄の感情を抱えた。それだけ、はたらくということに仲間は必要な要素だった。 


どれだけ不安だろうと不満だろうと数字は毎月降ってくる。残ったメンバーと新しいメンバーで、仕事に向き合いながら、その間いろんなことを考えた。Twitterでいろんな人の考えに触れて、本を読んだ。

そして僕は2つの考えにたどりついた。
①新しい仲間をつくろう(つくり続けよう)。そして大切にしよう。
②一度仲間になった人は、離れても仲間でい続けられる。これもまた大切にしよう。

アフリカかどこかの有名なことば「はやく行きたければ1人で行きなさい。遠くに行きたけれぼみんなで行きなさい」が身に染みた。仕事が価値を生み出す行為だとするならば、その価値は大きい方がいい。そして大きな価値にたどり着くには「みんな」であることが大切だ。

そして一緒にたたかった(遠くを目指した)仲間は、1度離れたからゼロになるような関係ではない。また会って思い出を語ることもできるし、また一緒にたたかえるかもしれない。いつか、僕を助けてくれるかもしれない。


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ここまで考えたタイミングで、以前に読んだ家入さんのnoteを思い出した。

たとえ、会社や住む場所が大きく変わっても。なんだかんだと数年会えてなくても。「そういや、あいつ、元気かなあ」とお互いに思いあえる限り、きっと、別れは別れではないんだろう。そう思いながら(時には思いこみながら)、日々たくさんの出会いと別れを繰り返し、生きています。

別れを恐れず、人生をかけてたくさんの仲間をつくろう。それが自分にとっての「はたらく」だと思えた。

そういえば小学生の頃、ドラクエVに夢中になった。Vの独自性は、「モンスターを仲間にできる」ところにある。それまで人しか仲間にできなかったドラクエ。Vで格段に仲間づくりの要素が大きくなった。友達が少なかったあの頃から、僕は仲間づくりをたのしんでいたみたい。

2020年を経た僕の将来の夢は、最高の仲間をつくること。10歳の頃に見た父とその仲間たちのように。


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