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青春日記

ある用事があり、部屋の整理をしていた。学習机に設置された棚には教科書やノートや参考書がきっちり納まっている。

律儀に立て掛けられたそれらを、纏めて棚から引き抜く。

教科書なんかはもう必要無いが、書き溜めたノートは流石に捨てるのは心苦しい。数冊のノートを棚に戻し、教科書や参考書は紐でまとめた。


あらかた部屋の整理が済んだのは、昼過ぎだった。
不要と思しきものは袋に詰めてリビングに移動させた。元々物を溜め込まないタチなのか、少しものが減った程度の代わり映えだった。

予定よりも早く片付いたので、学習机に座り一息つく。すると、先程整理した棚が視界に入った。

棚からノートを取りだし、何の気なしに見る。すると、数学や国語とタイトルが振られたものの中から2冊ほど「日記」とだけ書かれたノートを見つけた。

(こんなところにあったのか)

学習用のノートと色もデザインも同じそれは、日記という文字だけが異端なように思えた。

思わず表紙をめくる。

4月2日 晴れ
今日から中学生!入学式緊張したけど、同じ小学校の子が結構クラス被っててちょっと安心。

4月3日 晴れ
さっそく授業が始まったけど、どの授業も自己紹介しなきゃいけなくてドキドキした。。でも、後ろの席のことLINE交換できた!よかった。

4月4日 晴れ
ようやくふつうの授業になった。中学生になると急にむずかしくなるって聞いてたけど、どの授業も簡単でわかりやすかった。ついていけなかったらどうしようって思ったけど、ちょっとホッとした。
お昼は、昨日LINE交換した子と、その子の友達といっしょにお弁当を食べた。楽しかった!2人ともいい子だから仲良くしていきたいな。


内容からして、ちょうど中学校に入学した時に書き始めたものらしい。
ページを捲っていくと、1ページ目に書いてあるような学校のことや友達のことなど、取り留めのない日常を毎日記していた。

読んでいくと、どうやら日記を書いてた頃は中学生活に緊張しながらも友達を作り、部活にも所属し、好きな男の子もいたらしい。

中学生特有の少し気恥しい表現もあったが、これもご愛嬌だろう。

ペラペラと何の気なしに読み進めていく。
すると、数行しか書いていないページが現れた。

7月2日 雨
なっちゃんが片山くんに、私が城山くんの事がすきってことをバラしてたらしい。なんで?

なっちゃんとは、冒頭にあった入学後すぐに仲良くなった後ろの席の子のことだ。
7月2日の日記の内容はこれだけとなり、かなりの行を余らせていたが、下に翌日の日記が続くことは無かった。ほとんど毎日生真面目に記録されていた日記も、数日ほど途絶えた。
ページを捲る。

7月6日 くもり
放課後、片山くんから呼び出された。きっとあの話しだと思って、フラれるのかなと嫌な気持ちで公園に行った。そしたら、なんと付き合おうって言われた!うれしい!こんなことってあるんだ!私なんかでいいのかなって思ったけど、お願いしますって返事ができた。やった!

友人に自分の気持ちをバラされ、意気消沈していたが見事に両思いとなったわけだ。
ここからまた、毎日のように日記は書き続けられたいた。ただ、やはり内容はお付き合いを始めた「片山くん」との出来事や、授業中に目が合っただのと言った惚気が殆どになっていた。

中学生の青春日記というものはとかくむず痒く、でも読み進めたくなる。年端も行かぬ子どもの赤裸々な日常を盗み見るようで少しだけ罪悪感もあるが、やはり好奇心が勝ってしまう。日記とはそういう物なのだろうか?

微笑ましく読み進め、ふとスマホを見ると、読み始めてから30分ほど経っていた。

日記はノートの半分以上まで読み進め、そろそろ辞めようかなと新たにページを捲ったところで、手が止まる。


12月23日 晴れ
全部うそだった。片山くんは、わたしのことをだまして、わたしが送ったメッセージや写真をクラスの子に見せて笑いものにしてた。


ゆっくり読み進めていくと、途切れ途切れだが数日かけて、「わたし」はことの詳細を記していた。

なっちゃんという子に、「わたし」が好意を寄せていると聞いた片山くんはそれを否定したという。
曰く、「陰キャラでダサくて可愛くない」からと、片山くんの友人やなっちゃんの前ではっきりと言い、周りも嘲笑っていた。

そのうちの一人が提案する「お前あいつと付き合えよ」
片山くんは最初こそ拒否したが「あいつの彼女気取りのLINEとか絶対キモイくておもろそうじゃね?」などと、笑いものにしてやろうと言うと片山くんはあっさり乗ったのだ。

デートで撮ったツーショットのプリクラ
「会いたいね」「好き」の言葉
暇つぶしに撮って送った風景の写真や
少し照れたような自撮り

「わたし」が純粋でこそばゆいその全ての愛は、「わたし」と数名が省かれたクラスのグループLINEに全て晒されていた。

その全容が書かれたページはくしゃくしゃで、文字は所々滲んでいた。

その後の日記の内容は、これまでのものとは180度打って変わって陰惨なものへとなった。


1月12日
またわたしの画像が黒板に貼られてた

1月13日
片山くんの友達が授業中、先生に「好きでもない人から会いたいってLINEきたらどうしますかー?」って聞いてた。みんなわたしをみて笑ってた。先生はなんて返事してたかわすれた。

1月14日
体育の時間、男子のコートからボールが飛んできた。むねにぶつかって痛かった。ぶつけた子が、「片山、さすってやれよ」って言って片山くんは「きしょいからやだ」って笑った。女子からもすこしいやなことを言われたけど、小さな声だったから先生はきづいてなかった。わたしがきしょいからきづかなかったのかな?

こんなような内容がずっと続いていた。
そのうち、「わたしがみにくいからだ」「どうして最初からうそだってみぬけなかったんだろう」「わたしがバカなせいだ」と、悪いのは人を笑いものにした片山くんやクラスメイトだと言うのに、なぜか自分自身を否定する言葉が増えていった。

2月18日
校外学習を休んだ。電話で「行きたくないです」って言ったら、先生は、ならしかたないねとだけ言って切った。きっと先生も最初から知ってたんだ。だけど、わたしなんて相手にしても価値がないから知らないフリしたんだ。それか、自分のクラスにイジメは起こってないって思いたかったんだ。わたしを好きな人なんていないんだ。

2月22日
学校に行きたくないって、母さんに言ったけど
熱がないなら行きなさいって言われた。
どうして誰もわたしが学校に行きたくない理由を聞いてくれないの?
学校に行けないわたしは無価値なの?
学校では、やっぱりみんなからいけずをされた。


消えてしまいたい、死にたい
死にたくて手首にカッターをそえたけど、刃が冷たくてこわくなってできなかった。


日曜日がおわる。明日からまた学校だ。早くわたしを笑い者にするのをやめてほしい。わたしがなにをしたんだろう。


日記はこのページで最後だった。もう1冊の方の「日記」を開くと、続きが書かれている。


今日また授業中にからかわれて、がまんできなくて泣いてしまった。そしたら「ブスのくせに泣くな」と言われた。だれに言われたのかわからない。さすがに先生に保健室に連れていかれた。保健室の先生とふたりきりになって、それで、なぜ泣いたのか何があったのか聞かれた。やっとわたしのことを聞いてくれた。わたしはまた泣いてしまったけど、先生は優しく背中をなでながら、ゆっくりでいいよと言ってくれた。
わたしは今までのことをしゃべった。先生はうん、うん、と聞いてくれた。
全部のことをしゃべったので、話終わるころには40分くらい経っていた。でも先生はずっと聞いてくれた。
先生は、絶対にあなたは何も悪くないからね。つらかったらにげてもいいんだよって言ってくれた。
わたしはその言葉がうれしくて、また泣いてしまった。


昨日、保健室の先生に話を聞いてもらってスッキリしたけど、また朝が来た。思いきって母さんに、学校を休みたいって言った。そしたら
「昨日たんにんの先生から電話で話聞いたよ。なんで先に母さんに相談しなかったの?」って言われた。そして、今日は休んでもいいけど明日からはちゃんと学校行ってねと言われた。
わたし、ずっと言おうとしてたのに。聞こうとしなかったのは母さんの方なのに…。先生も、今まで知らんふりしてきたのになんで今さら母さんに言ったの?

学校に行った。何も変わってなかった。先生は、昨日クラスで話し合いをして、みんなからもうしませんって約束してもらったらしい。最後に先生に「からかったのはたしかにみんなが悪いけど、あなたも周りのことを考えてね。佐藤さんは、教えたくなかったのに強引にLINE交換させられたって言ってたよ」って。LINEはなっちゃんの方から聞いてきたのに…先生はわたしを知らんふりしたのになっちゃんのうそは信じるんだ。
先生がいないとこでは相変わらずからかわれたりものを投げられたり無視されたりした。うそつき。


スマホで調べたら、痛くない死に方があって、そうしたい人達が集まるサイトを見つけた。無料で書き込みできるけいじばん?ってやつだったので、他の人の会話(レスって言うらしい)をみたら、わたしとにたような思いをしてる人がたくさんいた。ちょっとこわかったけど、わたしも、つらかったこととか消えちゃいたいこととか書いてとうこうしたら、みんな話を聞いてくれた。保健室の先生みたいに、悲しかったねよくがんばったねって言ってくれた。とてもうれしかった。


今日も掲示板を見た。そうすると、4月にみんなで集まろうって話をしていた。オフ会って言うらしい。日曜日のお昼にしようって言ってたので、わたしも参加していいですかって聞いたら、もちろんいいよってかんげいしてくれた。個人情報を勝手にさらしたりバカにしたりしないから安心してね、わたしたちは君と同じだからって言ってくれた。


読むのが辛くて辛くて仕方がなかった。なぜなら私はこの話の向かう先を知っているからだ。

この日記は、先月練炭自殺で亡くなった中学一年生の姪のものである。

初夏の陽射しは南向きの子ども部屋を暖める。しかし、私の手は震え、身体の末端は冷えきっていた。それでも私はページをまた捲る。


オフ会の日にちが決まった。このオフ会では、みんなで車で森にいって、最後はみんなで、この前調べた痛くない方法で死ぬのが目的らしい。

掲示板の人に、本当にやるよ。参加したら死ぬことになるよ。それでも本当に来るの?と何度も聞かれた。わたしは、もう学校でいじめられるのもつかれたし、消えたいった思ってたし、それにわたしの話を聞いてくれた人たちと死ねるならこわくないなって思ったから、参加しますと答えた。


いよいよ明日がオフ会の日だ!掲示板の人に、い書は書いた?と聞かれた。わたしは素直に、い書ってなんですかと聞くと、家族や親しい人にのこす最後の手紙みたいなものだよと教えてもらった。本当は正しい書き方とか、いさん相続?のことを書くらしいけど、時間が無いのでこの日記に書を書くことにした。

これで日記は最後です。次のページはい書です。


お父さんお母さん

まずは、今まで育ててくれてありがとうございました。一緒に旅行に行ったこととか、運動会の親子リレーでいっしょに走ったこととか全部楽しかったです。もう会えないのはとてもさみしいです。でも、学校に行くのがつらくてたえられません。先に死んでしまってごめんなさい。しょうらいのゆめの話を昨日したばかりだけど、かなえられません。高校や大学も行ってみたかったけど、もう無理です。

お父さんとお母さんと、もっとお話したかったなと思います。

今までありがとう。先に死んでごめんなさい。


保健室の先生へ

こんにちは。この前話を聞いてもらった1年2組の丸山です。わたしが片山くんやなっちゃんにうらぎられて、クラスの人たちからいやがらせされてるとき、ゆいいつ話を聞いてくれたのが先生でした。とてもとてもうれしかったです。あのあと、2月の校外学習を休んで、その後も休んで、お母さんにやっと相談できました。わたしが学校を休んでいる間に、クラスで話し合いもしたそうです。でも、けっきょく何も変わりませんでした。たんにんの先生は、なっちゃんの話を信じてわたしに注意してきました。保健室の先生は、「あなたは絶対悪くない」と言っていましたが、先生やクラスの人たちは「わたしが悪い」ということになりました。保健室の先生の言葉もふみにじられたみたいに感じて、とても悲しくてくやしかったです。

わたしはつかれてしまいました。たくさん話を聞いてくれたのに、ごめんなさい。


クラスのみんなへ

わたしは、みんながなんでわたしをきらうのか今もわかりません。かわいくないからですか?きしょいからですか?わたしのどこがきしょいんですか?

片山くん、わたしをバカにするためだけに遊びに行ったりLINEをするのは楽しかったですか?

なっちゃん、どうして先生にくだらないうそを言ったんですか?

先生、わたしを知らんふりしてなっちゃんの話を信じたのはなぜですか?

わたしはわからないままみんなの笑いものにされてきました。それがどれだけつらいかわかりますか?されてきたことのひとつひとつはくだらないことかもしれないけど、それをずっと毎日されたらどういう気持ちになるか知っていますか?

わたしは、あなたたちの答えを聞かないまま死にます。

このい書がきしょいのなら、SNSにかくさんしてもいいです。そして、たくさんの人に、こいつきしょいよなって言ってみてください。

それではさようなら。


日記はここで終わったいた。

私の瞳はこの部屋のどこにも焦点を合わせられず、しばらく放心した。

まだ年端も行かぬ子どもが最期に遺した言葉を、どう理解してあげられたらいいのかわからなかった。

この遺書には、姪の苦しみと憎しみと無念を本人が書ける最大の表現で著している。

これがあの子の青春になってしまった。

2冊の青春日記を、窓から西陽が燃やし始めた。

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