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マリア・シュナイダーが語った”対位法”とGil Evans

2007年、幸運にもマリア・シュナイダー女史がバークリー音楽院に来訪した。Maria Schneider Jazz Orchestraのオリジナルメンバーでのライブも体験でき、みんな感動に打ち震えて黙って帰路についたのを今でも鮮明に覚えている。とても素敵な経験だった。

彼女の特別講演とQ&Aも開催された。その中で、ある生徒が「対位法について何か特別な考えはお持ちですか?」という質問を投げかけた。マリア・シュナイダーは「Gil Evansの浄書のアルバイトをしていた」というエピソードと共に、次のように対位法について語り始めた。

以下、僕なりの意訳を語り口調で記述するスタイルなので本人が本当にこう語ったのではないことをお断りしておきます。エッセンスだけ汲み取っていただければ。

「結局はその人の歌い回し」

「Gil Evansの曲には沢山の対位法的な技法が使われていて、しかも明らかに”対位法だぞ”という使い方をしているのが特徴だと思います。例えばマイルス・デイビスとのSummertimeのカウンターラインなんかしつこいくらい同じモチーフが繰り返されます」

「マイルスがメロディを吹いて、そのバックでビッグバンドが『てーれれーれれーれれー』というモチーフを繰り返す。1巡するごとに少しずつ違っているけど、ずっと同じ!」
「この曲ではつまり、メロディとカウンターラインがお互いを向き合っているような関係になっています。マイルスのラインが印象的なメロディを吹く、それに大してバンドは単純なラインを演奏する。この対比が対位法(カウンターポイント)だと思うのです」
「私も西洋音楽の伝統的対位法を勉強しましたし、そこには様々なルールがありました。並行移動したらいけない、5thが続いちゃいけないなどなど。だけどGil Evansはそういった対位法のルールを意に介さず作っているのが分かります。つまり音符1つ1つの関係ではなく、もっと大きな視点の対位法が存在するということになります」
「とはいえ・・・・そうは言っても、それじゃルールはないのか?と途方にくれるかもしれません。だけど、ジャズという音楽の自由度や面白さはまさにその『途方にくれる』ところにあるようにも思います。これは作曲をしている人なら分かってくれえると思うのですが、ラインを思いつくときは何かに導かれているような気分になります。つまり即興演奏をしているようにモチーフのアイデアが溢れるような。それって、ソリストの即興演奏と同じだと思うのです。チャーリー・パーカーとジョン・コルトレーンはどちらもコーダルハーモニーで演奏していたとしても違う演奏になりますが、それは歌い方が違うというか、本人の好みがラインに出てくるのだと思います。結局、作曲もその人の歌い回しだし、魅力になるのではないでしょうか」



ジャズカウンターポイントと伝統的対位法の違い

僕はバークリー音楽院に入学してすぐにジャズカウンターポイントのクラスを取っていて、ボブ・ピルキントンという先生に師事していました。その中で先生は冒頭で「色々なルールを勉強してきただろ?それはここでは全部忘れろ、ここから先は最高にかっこいい不協和音の世界だ!」と言ってクラスを沸かせた。
伝統的対位法は先ず「いかにクリアなハーモニーを得るか?」を訓練する。そのためのルール遵守だし、面倒なライン構築だった。だけどジャズカウンターポイントは「いかにぐちゃっとした不協和音を生み出し、解決するか?」という方向性になっている。解決さえ必要ない、そこは自分で好きな方を選べという、それこそ『途方もない』感じが僕には新鮮だった。ちなみにちゃんとルールはある、不協和音を作るルールだけど。

つまるところ僕は、伝統的な対位法によってハーモニーの感覚を鍛えておいて、ジャズカウンターポイントでそれをぶっ壊すという経緯を体験した。おかげで20世紀音楽の作曲技法なんかは簡単に感じることができた。対位法は、自分の聴覚や時間感覚を鍛えるのにちょうど良いツールなんだと思う。

マリア・シュナイダーが語った「その人の歌い回しが魅力になる」という言葉は、深く胸に刻まれた。バークリーの他の先生からも口々に「君がやりたい音楽をやればいいんだ」「君の好きな方が正解だよ」と言うのも(これがジャズの学校だからってのはあるけど)、それこそが音楽制作の本質であるし、時間を越えていく音楽の共通点だと確信するに至った。

だから音楽を作る側の人になりたい人へのアドバイスはたった1つ、「あなたの好きを磨いていけばいいよ」になっちゃうわけです。

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