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全話見てからのスティーブン・ユニバース(番外編-2)『The Deepest Well(小児期トラウマと闘うツール)』について

2020年3月27日、アメリカでスティーブン・ユニバースが完結しました。
それから、ひと月が経つものの、私の心は整理がついていません。

私はスティーブン・ユニバースの感想を見るのが好きです。色んな方の初見時の感想を見るたびに、自分もこのときこう思っていたな、と体験を振り返ることができます。そしてそれ以上に、エピソードをある程度見終わってから見直した際の感想も好きです。過去と未来のエピソードが常に相互補完されていく物語の中では、初見時には思ってもみない視点が加わっていくからです。

『Steven Universe』『Steven Universe:The Movie』『Steven Universe Future』全てを見終わった今(日本未放送分は北米iTunes等でリージョンフリーの配信をしています)、心の整理をするため、全話見終わってからの視点で、いくつかのエピソードで気づいたことを書いていこうと思います。

今回は『Steven Universe Future』の関連図書の紹介です。

------以下、全話のネタバレを含みます------


◇SUF#14 「Growing Pains」の衝撃

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「Growing Pains」は非常に衝撃的なエピソードでした。救うべき他者が不在となった今、何をすべきかわからない、周囲の変化に取り残されて孤独感を深めていくスティーブンが抱える根幹の問題が明らかにされたからです。それは視聴者が見届けた『Steven Universe』という物語のもう一つの側面を突きつけた鋭利な表現でした(一方で、この側面はSUFで突飛に出てきたものではありません。物語を通じて、彼が精神的に傷ついてきたことを示す最も象徴的なエピソードはSU#107”Mindful Education”でしょう。)

このエピソードが公開された後、GIZMODO(IO9)によるレベッカ・シュガーへのインタビュー記事が公開されました。

インタビュアーから、スティーブンのピンク色の輝きについて問われたレベッカ・シュガー(RS)は下記のように答えます。

RS: 「Growing Pains」で具体的に言っていますが、ピンク色の輝きは(ストレスホルモンである)コルチゾールに相当するものです。スティーブンは生死の境目を何度も経験してきました。彼のジェムは危機を脱するために、スティーブンを強く、速く、重くします。問題は、そんな状況でない時でさえも、体がそう反応するようになってしまっていることです。
RS:少し前に読んだナディーン・バーク・ハリスの『The Deepest Well』という本にとても刺激を受けました。「有害なストレス」の描写に驚きました。自身が20代前半に体験したことと重なったからです。22歳の時、暴行を受けて逃げ出した後、自分では理解できない体験をしました。逃げられたので何事もなかった、と思いきや、視野が狭くなり、まるで周りが見えなくなって、映画館に行くことでさえ、精神的に辛くなりました。音と画面の大きさだけでフラフラしてしまう。中にも外にもいたくない。息を吸うことも苦しく…。
(中略)「Stronger Than You」「Here Comes a Thought」の製作背景等
RS:とても興味深かったことは、大量のコルチゾールの放出と「有害なストレス」は、規則的で社会的な相互作用があることです。生命が危険にさらされているときに、体を「闘争・逃走反応」や「飢餓状態」にするのは、良い反応のようですが、失恋の際にソファーでアイスクリームをやけ食いして外出しない、なんて例も書かれています。冗談のような場面だけれど、真実は(体がストレスに反応して生命の危険を察知し)飢餓に備えているわけです。
RS:人間の身体は深刻な感情に有史以来の生物的な反応をしている、それはとても興味深く、自分の体験にもあてはまりました。

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(「Growing Pains」冒頭でアイスクリームをやけ食いするスティーブン。一つ前のエピソード(「Together Forever」)のラストでもケーキをかっこんでいました。)

◇『The Deepest Well』

幸いなことに、レベッカ・シュガーが挙げている『The Deepest Well』は邦訳版が出版をされています。

あらすじ(Amazon.co.jpからの引用)
トラウマ克服に向けた調査と分析の集大成
本書では、小児期の逆境的な体験(Adverse Childhood Experiences: ACE)が、トラウマとしてどれほど深く心身に影響を及ぼすか、そして自らの子どもを虐待するにいたるような深刻なサイクルを打ち破るにはどうすればいいかが解き明かされる。
(中略)
本書では、科学的洞察にもとづき、ACEの原因究明と分析の経緯を力強い文章でつづった。医学的実績に裏付けられているとともに、著者やその夫と4人の子どもたち、また患者の実例をふんだんに引用した革新的な実践書でもある。過酷な小児期を過ごした人々や、彼らを後遺症から救おうとする関係者、そしてなにより愛する家族が生涯にわたる病気を患わないように願う読者から、トラウマの後遺症克服のための〝希望の書〟として多くの賛同を得ている。
原書 "The Deepest Well: Healing the long-term effects of childhood adversity" by Nadine Burke Harris

原題の「Well」とは井戸の事です。19世紀、感染症が細菌ではなく汚れた空気が原因とされていた時代、細菌に汚染された水こそが原因であり、その根源となっている井戸のポンプを取り外して感染症の拡大を食い止めた(とされる)英国のジョン・スノー博士の逸話が本の中で紹介されていますが、「小児期の逆境(ACE)」もまた井戸である、という寓意でしょう。

本書は「小児期の逆境(ACE)」が、その時の辛さだけにとどまらず、何十年後の重大な疾患(脳卒中、心疾患、ガン等)に繋がりうるリスクであることや、本人だけでなく子供たちにもリスクが継受されること、早期発見ができて、適切な対応をとれば改善がみられることを、統計や臨床例等の研究成果で実証していきます。(ACE研究自体はまだ日が浅く、本格的な研究はこれからでしょう。)著者の主張は、「ACEスコア」(「両親の離婚や別居を体験したことがあるか?」等の決められた10個の質問で本人のACE体験を数値化するもの)に代表されるACE検査を、学校で受ける予防接種のように普遍化していくこと、それによって早期にACEを発見し、適切な治療をしていくことにあります。

SUFの描写やレベッカ・シュガーのインタビューに関連して、とりわけ興味深かった部分は、「ストレス反応システムの機能(不全)」の描写です。

◇「熊と暮らす」

例えばあなたが森を歩いて熊に出くわしたとする。するとただちに脳は副腎に大量のシグナルを送り「ストレスホルモン、コルチゾール、アドレナリンを放出せよ!」と呼びかける。すると心臓が強く脈打ちはじめ、瞳孔が開き、気道が広がり、ほどなくあなたはクマと戦うか、逃げるかの選択をできるようになる。これは一般的に「戦うか逃げるか反応」として知られていて、命を守るために1000年以上のときを超えて進化してきた反応だ。(p.79)
※アドレナリン…短期的に働くストレスホルモン。「怖がる」ことに関連
        した感情の多くを司る。鼓動を速くし、血圧が上昇する。
※コルチゾール…長期的に働くストレスホルモン。繰り返されたり、長期
        的なストレス要因に対して身体を適応させる。睡眠を阻
        害し、脂肪の蓄積を促す。

そもそも、何故「ストレス」という機能が存在するのか疑問を持ったことはないでしょうか。著者は「ストレス反応システムは人類の生存と繁栄を可能にした進化の奇跡の結果」と述べています。熱いコンロに触れたら、生化学的に身体はコンロを危険と判断し、次にコンロの火を見たら身体からあらゆる警告サイン(ストレスホルモン)が送られる、この「非常に理にかなった」メカニズムを進化させなかった有史以前の生物は繁栄できなかったと。

いったん危険を回避し、安全な洞窟に戻れば、SAM軸もHPA軸も活動を停止する。仕事を終えたシステムを停止させるためのストレス反応を引き起こす。(中略)それによって、大量のアドレナリンとコルチゾールは、ストレス反応を指示した脳の各部位に戻っていく。何と進んだシステムだろう!森に住み、そこに熊がいるならなおさらだ。だがもし、洞窟にも熊がいて、洞窟の安全が確保できなかったら?(p.83-84)
※SAM軸/HPA軸…アドレナリンやコルチゾールを放出している部位

ここで述べられる「熊」はストレス要因のことを指しています。「小児期の逆境(ACE)」の例でいえば、暴力をふるう親であり、精神疾患を抱える親が「熊」となりえます。親が存在しないことも「熊」でしょう。
ストレス反応は一概に悪いものではなく、健全な発達に欠かせない「ポジティブなストレス反応」(ex.大事な試合前の緊張感等)、深刻だが周囲のサポートで回復ができる「許容可能のストレス反応」(ex.愛する人の喪失)、十分なサポートがない状態で強烈かつ頻繁で長期的なストレス反応を起動したときに生じる「有害なストレス反応」に区分けされます。

おもな問題は、ストレス反応が頻繁に引き起こされたり、ストレス要因が強すぎたりすると、身体がHPA軸とSAM軸の働きを停止できなくなることだ。これを科学用語で「フィードバック阻害の乱れ」といい、要するに体内のストレス調整機能が壊れている状態を示す。あるレベルに達しても「熱」供給を停止せず、ひたすら体内でコルチゾールを放出し続けるのだ。(p.86)

ストレス反応システムが「有害なストレス」に晒された結果、調節不全に陥った時、人は常に「熊」と暮らすことになります。ほんの些細なことでさえも、「熊」と対峙するように感じられ、身体は生命の危機を察知し、激しい警告を受け続けるのです。

(著者がSUF#14「Growing Pains」に言及されているTweet)

これこそが、度重なる逆境のなかで身体的にも精神的にも成熟しつつも、進むべき道を失い、様々な要因で周囲のサポートを求められず、むしろ拒絶したスティーブンが直面した問題でした。彼が自身の内面を吐露し、それでもなお、周囲のサポートを取り戻し得た時、彼の回復の道程が始まったのです。(SUFにおけるスティーブンを説明するにあたっては、「有害なストレス」の側面のみならず、彼の「最大の欠点」とも言える「利他性」と「無私」について述べる必要がありますが、ここでは省きます。)

「Growing Pains」初見時、スティーブンが検診衣に着替えて、様々な検査が始まった時に、非常に不穏な予感がしたことを覚えています。スティーブンの精神的な問題について、こちらが想定をしていた表現を、一線を踏み越え始めた気分だったからです。その表現の鋭さの背景に、本書の裏打ちがあったのだと思います。

ふと思い出したのは『Steven Universe:The Movie』のスピネルのキャラクターについても、いじめについての心理学者の知見を参考にしたとレベッカ・シュガーが述べていたことです。(いじめっ子の目的は誰かを傷つけることで、その人が傷ついている限り満足感が得られてしまう。だからこそ、スティーブンが自身を守りきることこそが、彼女の敗北になる、という話。)

挑戦するテーマに対して、専門家の知見を参考にすることは非常に誠実な姿勢ですが、それを作品の表現として上手く昇華していること、その背景を知らずとも説得力を持ち得ていること、そこにこそスティーブン・ユニバースの表現の力強さを感じます。


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