胃もたれする文章、しない文章

文章の読後感に「胃もたれ」という表現を使うことがある。し、その感じはよくわかる。文章を読むときの感覚は、ものを食べるときのそれに似ている。

焼肉や餃子みたいに重厚なパンチを打ち込んでくる文章もあれば、冷やし中華みたいにさっぱりと喉元を過ぎ去る文章もある。あっさり淡々とした先付け、素材の質がぐっと光るお刺身に続き、煮物、焼き物、揚げ物とクライマックスへ畳み掛けてくる会席料理のような文章もある。



学生時代、恵比寿の小料理屋でバイトをしていた。カウンターのほかにテーブルが少しだけの店内で、店を切り盛りする店主のYさんは、常に客席に目を光らせていた。会話の盛り上がりや食事の進み具合を見て次の料理を出すタイミングを調整し、お酒の好みを見て味付けを変え、トータルの満足度をどれだけ引き上げるかに絶えず気を配っていた。うすめたサワーがデフォルトの安居酒屋しか知らなかった私は、なるほどこれがプロの料理人かあ、と日々新鮮な感動に包まれたものだ。


食後のトータルの満足を最大に引き上げられるのがプロの料理人だとしたら、読後の満足度を最大限にできるのがプロのライター・文筆家だ。この辺でちょっと胃もたれするから、少しレモンを絞ろうか。ここはあっさりしすぎて物足りないから、少し油を足そうか。そうやってことばを足したり引いたりしながら、満腹ちょうどを狙ったギリギリの満足度へ全体を高めていく。

その調整が意図的にできないと、どかどかと口にものを詰め込むような胃もたれ系文章になったり、大事なところで「あれっ?」と物足りなさを感じる薄味系文章になったりする。

逆に、少しくらい胃もたれさせようか。腹八分目に留めようか。そんなふうに、あえての読後感を予測してことばを足し引きできる人は、プロだなあと思う。タイミングと、適切な量。料理もことばも、奥が深い。


書いてたらおなか空いてきた。勢いあまって油ギトギトみたいな、胃もたれする文章も好きです。

あしたもいい日になりますように!