のんびりママ
昨年末、家族で広島へ旅行に行きました。
旅の目的は、橋梁技術者である父がかつて仕事で関わった橋を家族で渡ることとと、2年前から長男が行きたがっていた原爆ドームを見に行くこと。
夏の家族旅行の際、バケーションレンタルで3泊過ごし、その気楽さや過ごしやすさが気に入って、今回の広島旅も同様の宿を探しました。
ひととき、その土地で暮らすように旅を満喫できること(地元のスーパーへ寄って家族でその日の食材を買う、それだけでも普段見ない食材とか見つけてはかなり盛り上がるのです。)、
自炊ができるから旅の間でも我が家の食のペースを崩さずにいられる(普段使っている塩と醤油、味噌と油、それにお米は持参。あとはレモンやニンニクさえ買えば何作るにも大体困らず我が家の味が楽しめる。極めてシンプル)
のが、バケーションレンタルでの旅がいまの我が家にフィットしていると感じる理由。
そして、旅先のちょっと非日常感のおかげで子どもたちがキッチンに来てせっせと手伝ってくれて、そこで生まれる会話が楽しいのも、わたしとしては大きなメリットでもあります。
そうして出来上がった晩ごはんを食べていたら、ちょっと物足りないしもう1品作ろうとなり、旦那さんと長男がふたりで調理してくれました。
ワインでいい気分になっていたわたしは、椅子の座り心地の良さも手伝って動けず、いや、動かず。
「あー、いい気分」と、のんべんだらりんとしていたら
終わったお皿を引いたりと、2人のサポートをしてくれていた次男が
「ママがゆっくりしてると、ホッとするな」
と、言った。
その言葉に、おぉぉ、となった。
いつもパタパタ動いている自分が正で、とくに家事周りのことは自分が主体となってやるべきで、家族が動いてるのに自分がダラけていてはいかん、とどこか思っていたわたしには目から鱗の言葉。
5年前に会社員として働いていて、3人育児をしながら家事もぜんぶ手が抜けずとにかく窮々としていたわたしに、
「ママ、なんでそんな困った顔をしてるの?」
と、唐突に聞いてきて、家で笑えてない自分に気付かせてくれたのも次男だったけれど
ゆっくりして緩んだ母の顔は、我が子をほっとさせるのか。
と、大事な気付き。
ま、そりゃそうよね。
手一杯だとついつい緊迫感ある顔になる、否が応でも。下手したら鬼のような形相になってしまう母の顔見たら、イヤよね。
成長して自分のことは自分で出来るようになって、ものによってはわたしより得意なことも増えてきて、何もわたしが全て抱える必要はなくて、わたしはもっと手放したらいいんだね。
経済的に自立していること、収入を得ることではじめて自分の存在意義を認識していた会社員時代。
ようやくそのお金に縛られた存在価値を手放したと思ってたけど、どこかで誰かの役に立ってはじめて自分が居てもいいと思ってたんだな、と。
ただ、そこに居てニコニコしているだけでもその存在に感謝し合える家族が居るんだという大事なことを、忘れてた。
そんな大事なことを、次男はとても簡潔で温かな言葉で教えてくれたんだね。
本当に、子どもたちはいつもわたしに大事なことを気付かせてくれる。
表現が拙かったり、シンプル過ぎたりして拾い忘れてしまいそうになるけれど、彼らが発してくれる大事なことをどれほど拾い集められるかが、彼らと一緒に過ごす限られた時間の中で母親として大事なことな気がしてる。
つくづく、わたしが子どもたちを育てているんじゃない。
日々育てられてる、未熟な母ゆえに神さまが与えてくれたこの子どもたちから。
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