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天然有機化合物の全合成研究-博士課程最終年度に書きたいこと-

 薬学部の博士課程で日々研究をしながら、日曜日にはちょこちょこ謎解きに出かけているビーバーです。たま~に謎も作ったりします。そんな私が今回、「謎解きクラスタによる謎以外 Advent Calendar 2020」に書く内容は、天然有機化合物の全合成研究についてです。これを読んだ人の、「科学」って世界への解像度が少し上がる様に、頑張って文章を書くので、最後まで読んでくださると嬉しいです。

1-1.天然有機化合物の全合成研究とは

 まず、「天然有機化合物の全合成研究」というものは、世の中にある色んな化合物を人の手で1から作ろうぜ。って研究です。THE 有機合成。最高。例えばこれ。

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 いったい何でしょう。「構造式なんてものを見るのは高校以来だぜ」って人はふんわり見てください。

 ・・・これはビーバーの香嚢から得られる化合物-カストルミンです。そして、この化合物は2005年に全合成が達成されています。で、Wikipediaを見ると、香水等に使われていたこのカストルミンが含まれる海狸香は、ワシントン条約で取引が禁止されて以降は合成の香料で代替されているみたいですね。そう、合成の香料で。まあ実際に使われている合成の香料がどんな構造かは香料メーカーの企業秘密でしょうが、きっと近しい構造をもった化合物が含まれていると考えています。

 このように、自然界にあるものを人の手で合成して、代替品となるものを生み出した結果、ビーバーは乱獲されないし、革製品の香りは安く手に入るようになるし、最高ですね。化学。

1-2.天然「有機化合」物とは

「天然物」ってなんなんでしょう?

 150年ぐらい前は「生命あるものから得られる物質=有機化合物」って定義がありました。生気説って奴です。一般的に「天然物」ってのはこの時に定義された有機化合物のことを指していると思います。(生気説は尿素がシアン酸銀と塩化アンモニウムから合成された事で覆るのですが、合成の歴史はまた別の機会にでも。)

 ちなみに、私は「世の中にある全ての物質は天然由来だ。」と考えています。だから、「天然だから安心」みたいな発言を聞くと、頭の回路がショートします。例えば、レモンから抽出したビタミンCと人の手で合成したビタミンCは全く同じものですし、フグの卵巣から得られる毒のテトロドトキシンだって人の手で全く同じ化合物が創り出せます。

 鉱石から得られる鉄とか銅とか金とかダイヤモンドとか全部全部天然物。世の中のすべてが天然物。ただ、私が作ってて楽しい物は有機化合物。だから、私がやっている研究は、「天然『有機化合』物の全合成研究」です。

2-1.私の研究と本noteの目的

 さて、ここからは「天然有機化合物の全合成研究」ってのがなんなのかは分かった。じゃあお前は日々何をしてるんだ。って話なんですが、一番気合を入れているテーマはまだ論文が受理されていないので詳細を話せないジレンマ。。。笑

 簡単にまとめてしまえば、「東日本大震災の時に失われた、カビが作っていた化合物の全合成」です。レモンからだばだば抽出できる化合物を出発物質にして、今は失われた、白血病の治療薬になるかもしれない化合物を生み出そうとしています。

 薬学部で研究している以上、ターゲットには生物活性としても面白い面があるんですが、それ以上に研究って、有機化学って、めちゃめちゃ楽しいんですよ。今、「これから大学で研究室に入る人とか、高校生とかにこの文を通じて化学の楽しさを伝えられたらいいな。」って思いながら書いています。(もちろん、読んでくれる人全員に化学の面白さを伝えたいのですが。。。!)

2-2.研究者は皆、世界一の天才

 皆さん、自分が世界で一番だって自信をもって言える何かはありますか?私はあります。自分の研究に世界で一番詳しいのは私です。あなたも自分の研究テーマをもって本気で取り組めば、世界一になれます。それが研究って世界。なんか夢がありませんか?

 皆さん、世界初の物を生み出したことはありますか?私は毎日のように世界初の化合物を生み出しています。狙った通りの反応が進行して、思い通りの化合物が出来た時は、間違いなく自分の事を天才だと思っちゃいます。そして、失敗した時も何で失敗したか考えて、次のアイデアが浮かんだりしたらもうウキウキです。この前、ドクターストーンって漫画を読んでたら「世界の根源 分子にまで 手ェブチ込んで 世界に ねえはずの もんを作る 有機化学の醍醐味だな」なんて言ってたんですけど、「わかる of わかる」って感じです。

 世界で誰も作ったことがない物を自分の頭と手から生み出せて、それがもしかすると、世界のどこかで苦しんでいる人を救うきっかけになるかもしれない。めちゃくちゃ夢がありませんか?

 ちなみに実験なんてものは9割失敗します。もうそれはそれは失敗します。やればやるだけ失敗します。ただ、失敗の中に新しい発見が埋もれてたりするんですよね。「わけわかんないことが起こった!」っていうのは「今まで世界で認識されていない現象を観測した。」ってことなので。で、天然有機化合物の全合成研究をしてると、起こるんですよ。沢山。わけわかんないこと。まあ、世界で誰も扱ったことがない化合物ばかり扱うんですから、自分でなんとかするしかない。(もちろん教授とかに助けてもらうことは多々ある。教授もわからないことだって多々ある。)

どうでしょう。。。?

天然有機化合物の全合成研究

楽しそうですよね?

ちなみに、失敗を楽しめない人は向いてないです。多分、多くの人は面白さよりも先に「辛い」って感情に支配されるのかな。とは思っています。体力的な面でも大変です。本当に忙しい時は週に100時間研究室に居たこともあるので、丈夫な体に生んでくれた親に感謝してもしたりないな。っていつも思います。(有機合成系の研究室は、実験すればするだけ結果が出るからついやってしまう。。。)

 ただ、あなたが研究に打ち込めば、あなたは世界で一番自分の研究に詳しい人間になります。そして、その世界一の努力が積み重なった結果が今日の科学を創り上げました。なんか良くないですか?

大学は学問を修める場所!大学生全員研究者になれ!

とは、思いませんが、これから研究ってものに触れることがある人は、貴方が全力で研究に向き合えば、貴方は世界で一番の天才になるし、それは人類の財産になるんだ。って思ってもらえたら、博士論文に追われつつこのnoteを書いた意味もあったかな。って思います。学生謎クラに届け、この想い。

3.あとがき-研究者って生き物

 私は、小学生の頃から理科が、化学が、好きでした。「薬剤師になって薬を創る」という夢を描いていました。(創薬研究には薬剤師資格は要らなかったのですが、小学生の私は薬剤師が薬を創っていると思っていた。笑)

 そして、来年からは薬を創る為に、企業での研究の世界に身を投じます。合成するターゲットは天然物ではなくなりますが、これからも今の熱意を失わずに研究をしていきたいな。と思っています。

 昨今の情勢を受けて、世の中は「薬」とか「ワクチン」ってものに過敏になっている気配を感じています。いろいろな情報が錯綜して取捨選択が難しい世の中になっているんだと思います。この前、家族から「『インフルエンザの予防接種をすると、インフルエンザにかかりやすくなる』って言ってる医者がいるんだけど本当?」なんて聞かれた時にはびっくりしました。

 薬ってものが、どれだけの天才の創意工夫の積み重ねの上に生まれているのか。一つの薬を生みだすために何千何万という化合物が消えていっているのか。どれだけの安全性と有効性が求められている物なのか。

 私は、薬を創り出してみせます。その時に、薬が必要な人に正しく届く世間になっていることを、最後にあとがきとして願っておきます。どうか皆様も、科学者はなんとか良い物を生み出そうとしていることを、ふとした時に思い出してください。良い物が生み出されることを願っていてください。

期待に応えられるように頑張ります。

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